不確実性の高い状況に対処する思考様式、「エフェクチュエーション」が話題だ。コロナ禍以降、社会経済環境は大きく変化している。テクノロジーの進化や国際情勢も目まぐるしく、先行きは不透明だ。そんな中で未来を予測するのは不可能に近い。不確実性の高い時代を生きる私たちにとって、「エフェクチュエーション」は大きなヒントとなるだろう。『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』は、この理論をわかりやすく解説した日本初の入門書だ。本記事では、日本の昔話「藁しべ長者」との共通点から、エフェクチュエーションの5つの原則のうち「クレイジーキルトの原則」に焦点を当てて紹介する。(文/小川晶子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

エフェクチュエーションPhoto: Adobe Stock

奇跡の立身出世物語「藁しべ長者」

 あなたもきっと「藁しべ長者」という昔話を知っているだろう。

 日本人にはとてもなじみ深い、ラッキーな男の立身出世物語だ。

 ある貧しい男が、働いても暮らしが楽にならないので観音様に願掛けをし、お告げ通り1本の藁しべを持って出かける。

 アブが寄ってきたので、そのアブを藁しべの先に結び付けてさらに歩いた。その「藁しべ&アブ」が欲しいというお金持ちの男の子が現れ、みかんと交換する。さらに行く先々で物々交換を続け、最終的に大きな屋敷を手に入れる。

 最初の段階ではあまり役に立たなそうな藁しべしか持っていなかったのに、人と出会っては物々交換するうちに思ってもみなかったゴールにたどり着いたわけだ。うらやましい。

 奇跡みたいな話だが、よく考えてみると男の行動は示唆に富んでいる。

 何が起きるかわからなくても男はとにかく行動を起こしたのだし、常に手持ちのものを活かして人に与えようとしてきた。その結果、長者となったのである。

優れた起業家が実践している意思決定法

 この「藁しべ長者」と、近年アメリカで発見され、話題になっている「エフェクチュエーション」との間には似たところがあるという。

 エフェクチュエーションは、優れた起業家が実践している意思決定法だ。

 特徴は、不確実性の高い状況において予測ではなくコントロールによって対処するということ。

 先行きが見通せず、あらゆることが不確実な状況では、正しい戦略を立てて実行しようにもどうにも難しい。

 そんな状況でも、手持ちの手段によってとにかく行動を起こし、パートナーを見つけて手持ちの手段を増やしながら、当初は想定していなかったようなより良いゴールへ進んでいくのだ。

エフェクチュエーションの「5つの原則」

 エフェクチュエーションは、「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」「レモネードの原則」「クレイジーキルトの原則」「飛行機のパイロットの原則」という5つの原則からなる。

「手持ちの手段(資源)を活用して何ができるかを発想し、具体的な行動のアイデアを生み出す」のが「手中の鳥の原則」に当たる。

 うまくいかなかった場合の損失が許容できるなら、実行しようというのが「許容可能な損失の原則」だ。

 予想外の出来事、失敗なども積極的に活用しようとするのが「レモネードの原則」。酸っぱいレモンしか手に入らないのなら、それを活用して美味しいレモネードを作ればいいというのが名称の由来である。

 何らかのコミットメントを提供してくれるパートナーを獲得しようとするのが「クレイジーキルトの原則」

 ランダムな形の布切れをつなぎ合わせることで、最初には想像もしていなかったようなユニークなデザインができる「クレイジーキルト」のように、パートナーとの相互作用によって新たな事業や製品、市場などが形づくられていくというイメージから来ている。

 これら4つの思考様式によって展開されるエフェクチュエーション全体のサイクルに関わるのが「飛行機のパイロットの原則」。操縦桿を握るパイロットのように、コントロール可能な活動に集中し、望ましい成果にたどり着こうとすることだ。

 それぞれ難しいわけではないのだが、ユニークな名称が日本人にはなじみにくいところもある。とくに「クレイジーキルトの原則」はややわかりにくく感じるかもしれない。

長者の秘訣は、人と出会って相互作用を生み出すこと

「クレイジーキルトの原則」を「藁しべ長者」との共通点から理解しようとすると、一発でイメージができる。

 日本で「エフェクチュエーション」について教えている吉田満梨氏(神戸大学大学院准教授)は、「藁しべ長者」と「エフェクチュエーション」から共通して得られる重要な示唆として、こう指摘している。

まず、この青年、あるいは起業家がすでに手にしているものの価値というのは、自分だけでは決められないことです。むしろ、起業家の手持ちの資源やアイデアの価値は、その時にどのようなパートナーと出会い、そうしたパートナーが起業家の資源やアイデアにどのような価値を投影するかによって、まったく違った、より大きな価値へと繰り返し変換される可能性に開かれているといえます。
さらに、そのプロセスは偶発性を伴うために、因果論的な目的手段関係では説明できないことです。(中略)
ただし新しい価値は、一人だけで実現されることは決してなく、手持ちの手段を携えて新たな行動を起こし、人々と出会い、他者と意味のある関係性を模索することで偶発性を活用しようとする働きかけによって生み出されていました。一本の藁しべを手にした青年が、最終的に長者になるためには、彼が先へ進むための行動を始めて新しい人々と出会い、相互作用を生み出すことが極めて重要だったのです。(P.118-120)

 イメージしやすく面白く、「私も行動を起こして、人と出会っていこうかな」という気持ちになる。

 不確実性の高い時代に、誰もが使える意思決定法「エフェクチュエーション」。学べば藁しべ長者にもなれるかもしれない。