「『アウトサイダー』を政治の舞台に引き立て、主流派政党をしのぐ地位を与えていったのは、実は「インサイダー」たる主流派メディアだった」
「20世紀を通じ、ジャーナリストが実質的に専門職集団として占有的な地位を保持しえたのは、まさに情報の生産・流通手段が新聞・テレビ・ラジオなどの特定メディアに限定され、それらのメディア組織への帰属が、ジャーナリストとしての地位を大きく左右していたことによる」と水島氏はいう。だが既存のメディアの正統性そのものを否定するアウトサイダー・メディアが登場すると、主流派メディアはこの流れを押しとどめるすべを持っていない。
とはいえ、主流派メディアとアウトサイダーがつねに敵対しているわけではない。2016年のトランプ現象のように、「アウトサイダー」には読者・視聴者を惹きつけるカリスマ性があり、主流派メディアにとっても利用価値が高い。その意味で、「『アウトサイダー』を最終的に政治の舞台に引き立て、主流派政党をしのぐ地位を与えていったのは、実は『インサイダー』たる主流派メディアだった」のだ。
メディアとアウトサイダーの「共生」の好例が、オランダの「極右」自由党の創設者で党首でもあるヘールト・ウィルデルスだ。ウィルデルスは、自分以外に党員のいない「政党ひとり」という、国際的にも例のない独特の組織をつくりあげた。水島氏の『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書)では、この奇妙な政党の仕組みは以下のように説明されている。
自由党の正式な党員は、結党以来、現在に至るまでウィルデルス1人しかいない。そのため、党大会や党支部などの公式機関はいっさい存在せず、党員集会や機関誌もない。支持者はボランテイアとして選挙に協力したり、「自由党友の会」に寄付を行なうことはできるが、入党することは制度上できず、党の人事や政策に影響を与えることもできない。
実際には、自由党の候補者や議員は国や地方に多数存在しており、自由党を名乗る会派が各議会で設立されて、党本部には職員もいる。しかしこれらの議員や職員はいずれも党員ではない。いわば党員不在の「ヴァーチャル政党」なのだ。
もちろん「政党ひとり」にはデメリットもある。オランダでは党員1000人を組織することが政党助成の条件とされていて、自由党は議員の給与や議会活動費などを別にすると、国家からの助成を受けられない。そのため党財政は寄付に頼らざるをえないが、党組織が公式に存在しない以上、党を維持するための費用も少ないので、それで十分やっていけるのだという。
ウィルデルスの政治的主張は「反イスラーム」だが、その理由はイスラームの原理主義的な教義がオランダの市民社会と相容れないからだ。
1990年代オランダのアウトサイダー政治家で、同性愛者であることをカミングアウトしたピム・フォルタインは、「自分のような性的少数者はイスラームの社会では生きていけない。ヨーロッパの市民社会は、このような偏狭な文化・宗教と共生することはできない」と主張して、リベラルなオランダの有権者が「反移民」の政党に票を投じることができるようにした。これは「極右のリベラルへの反転」と呼ばれ、その後、自由党のウィルデルスだけでなく、フランスの国民連合(マリーヌ・ルペン)など、ヨーロッパ諸国の「極右」の脱悪魔化に大きな影響力をもった(フォルタインは2002年に暗殺された)。
ウィルデルスはこうした「リベラルな排外主義」をSNSなどで積極的に配信し、それを主流派のメディアが(話題づくりと視聴率目当てに)批判したことで、「無料の広告手段」を手に入れた。その結果、2023年のオランダ総選挙で自由党は第党となり、4党連立が成立してついに政権を獲得した(ただしウィルデルスは首相就任を辞退)。――その後、今年6月に移民政策の対立で連立政権が崩壊し、10月に総選挙が実施されることになった。
「政党ひとり」の自由党に対して、参政党は逆に積極的に党員を開拓し、23年時点で7万5000人の党員から約4億5000万円の党費収入を得ている(自民党や立憲民主党の党費が年間4000円なのに対し、参政党は月額1000円と高額で、月額2500円の運営党員もいる)。さらに週刊誌の報道によれば、22年頃まではアムウェイに酷似した「党員ランク制度」があり、勧誘した党員の数に応じてブロンズ(10人)、シルバー(30人)、ゴールド(100人)、ダイヤモンド(1000人)のバッジが与えられ、ホームページには「ランキングに応じた権利や特典が付与される」と書かれていた(現在は削除)という。
ウィルデルスの「政党ひとり」と、党員を積極的に勧誘する参政党は対極にあるように見えるが、どちらも「アウトサイダー」として、既存の政治のシステムを批判(あるいはハック)しているのは同じだ。
今後、社会の液状化が進み、既成政党や主流メディアの権威が失われるにつれて、さらにわたしたちを驚かせるような「アウトサイダー」が登場することになるだろう。
●橘玲(たちばな あきら) 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)など。最新刊は『親子で学ぶ どうしたらお金持ちになれるの?』(筑摩書房)。