不確実性の高い状況に対処する思考様式、「エフェクチュエーション」が話題だ。コロナ禍以降、社会経済環境は大きく変化している。テクノロジーの進化や国際情勢も目まぐるしく、先行きは不透明だ。そんな中で未来を予測するのは不可能に近い。不確実性の高い時代を生きる私たちにとって、「エフェクチュエーション」は大きなヒントとなるだろう。『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』は、この理論をわかりやすく解説した日本初の入門書だ。本記事では、子どもの自由研究という例を通して、誰でも実践できる意思決定法である点を紹介する。(文/小川晶子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

誰でも「優れた起業家」のように考えることができる
「そんなの思いつかなかった!」というような新しい価値を世に生み出したり、イノベーションを生み出したりすることができるのは、一握りの天才なのだと思ったことはないだろうか。
近年話題の「エフェクチュエーション」は、そんな新しい価値を生み出す起業家の考え方を、誰でも学習可能な形に落とし込んだのがすごい。
起業家だけではなく、子どもから大人まで誰もが学び、実践することができる。
しかも、未来を予測しにくくあらゆることが不確実な時代にこそ使える意思決定法だ。いまの時代に合っている。
本当に誰でも、優れた起業家のように考えることができるのだろうか?
そう疑う人がいるかもしれない。
そこで、子どもの「自由研究」をエフェクチュエーションの「5つの原則」に沿ってやってみることにしよう。
1.手中の鳥の原則
自分がすでに持っている「手持ちの手段」を活用し、何ができるかを考える。
→スーパーで切り身の魚ではなく、丸ごと一匹の鮮魚が並んでいるのを見た。これを解剖して中がどうなっているのか調べてみたいと思った。解剖の仕方はネットで調べ、内臓や骨の様子を絵に描いてみることにする。
2.許容可能な損失の原則
期待できるリターンよりも、うまくいかなかったときのリスクを考え、その損失が許容できるかどうかを基準にコミットする。
→解剖に失敗した場合は、また買ってくればよい。損失は魚数匹で2000円くらいに収められそうなので実行に移す。
3.レモネードの原則
予期しないことが起きたならそれを積極的に活用することで、新しい価値や望ましい結果を生み出そうとする。
→魚を解剖している途中で、思いがけず寄生虫を発見した。魚のどこの部位にどんな寄生虫がいるのか、それはなぜなのかも合わせて調べたら面白いのではと思った。
4.クレイジーキルトの原則
資源や技術の提供など、何らかのコミットメントを提供してくれそうな人に交渉し、パートナーシップを構築する。
→お父さんは釣りが好きなので、一緒に釣りに行き、釣れた魚を解剖させてもらうよう交渉。交渉成立で、生きた状態の寄生虫を観察。この経験が、新しい「手持ちの手段」に加わる。
5.飛行機のパイロットの原則
飛行機のパイロットのように、状況を常に察知しながら、「いま・ここ」でコントロールすることに集中し続けることで望ましい結果を導こうとする。
→手持ちのアイテムでは解剖・観察がしにくかったり、寄生虫をお母さんに嫌がられたりと想定外のことや失敗もあるが、そのたびにそれを学習機会と捉えながら、自分にコントロールできることに集中し、最大限に良い研究にする。
こうしてみると、エフェクチュエーションはむしろ子どもが当たり前にやっていることかもしれないと思う。
子どもは「すごいことをやってやろう」と思っても、資金力もなく、できることは限られている。経験も少ないため、予測に基づいて行動するのも難しいことが多い。
その中で、とにかく自分にできることをやってみる、やりながらブラッシュアップしていくのは普通のことだ。
赤ちゃんはエフェクチュエーションを実践している
本書の「おわりに」の中にこうある。
こう述べているのはサイボウズ執行役員で複業家の中村龍太氏だ。
「9章、10章に書いたような経験を通じて」とあるのは、中村氏が起業家として、また、上場企業の中でエフェクチュエーションを実践してきたことを指している。
起業家としてはもちろん、企業の中で実践してきた経験
9章では、中村氏が個人企業で「グリーンベース」という農地での多目的仮設空間建築を事業化するに至った流れを、エフェクチュエーションの5つの原則に沿って解説しており、とても面白い。
まさに起業家によるエフェクチュエーションの実践例でありイメージがしやすい。
一方で、企業の中でエフェクチュエーションを実践するのは難しく感じる。規模が大きくなるほど従来の「コーゼーション」が主流だからだ。
コーゼーションとは予測合理性に基づく意思決定法で、事業計画書を作り、市場規模とそれに対する戦略が語られ、最終的には期待利益に基づいて事業化の承認がされるというプロセスを踏む。
もちろんコーゼーションには利点があるが、この方法だけでやっていると予測不可能な市場に対してイノベーションが起きにくくなってしまう。
中村氏はサイボウズの中で具体的にどのようにエフェクチュエーションが実践されているかを本書の10章で語っている。企業の中でも、エフェクチュエーションの実践は可能であることがわかる。
どちらも、ものすごく参考になる。
子どもと接する機会の多い人がエフェクチュエーションを活用したら
そのうえで、中村氏が「エフェクチュエーションは起業家だけのものではない」と言い、「子どもと接する機会の多い人」が活用することに大きな可能性を感じているというのは興味深い。
具体的には、お子さんをお持ちの方や学校がエフェクチュエーションの視点を手に入れたとき、子どもの行動への見方が大きく変わる可能性があります。(P.253)
子どもに関わる人も、起業家やイノベーターだけのものと思って敬遠せずに、ぜひこの思考様式を手に入れてほしいと思う。