「まだ安さで勝負してるの?」スペインに学ぶ“生き残り戦略”とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

「まだ安さで勝負してるの?」スペインに学ぶ“生き残り戦略”とは?Photo: Adobe Stock

スペインに学ぶ「生き残り戦略」とは?

 先進国という言葉があります。これ自体が一般的には先進「工業」国を意味しますが、ここではあえて、先進工業国という言葉を使います。

 先進工業国では機械類(一般機械と電気機械の合計)や自動車の生産が盛んです。これらは国内市場だけでなく、世界市場へと積極的に輸出され、輸出品目の中心を占めています。他には精密機械や石油製品、航空機なども輸出します。

 先進工業国の多くは、最大輸出品目が「機械類」です。しかし、スペインの最大輸出品目は「自動車」なのです。スペインの輸出品目は「1位自動車、2位機械類」となっていて、これは先進工業国の中で、スペインくらいなものです。スペインは、第二次世界大戦後は輸入代替型工業化政策を採用していました。「輸入代替型工業化政策」とは、輸入している工業製品を国産化することで、自国の近代的工業化や経済発展を進めようという政策のことです。これは国内産業を育成することを目的としています。

「まだ安さで勝負してるの?」スペインに学ぶ“生き残り戦略”とは?出典:『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』

 しかし、国民1人当たりの購買力が小さければ、市場規模には限りがあり、市場はすぐ飽和してしまいます。そのため、市場の拡大を目的に、輸出志向型工業化政策(自国に外資系企業を誘致し、生産および輸出を行う政策)に切り替えられます。

安い労働力を武器に発展!

 スペインでは、1970年代半ばから輸出志向型工業化政策を採用しました。さらに1986年に、ポルトガルとともにEC(ヨーロッパ共同体)に加盟したことで、ヨーロッパ有数の自動車生産大国として発展します。

 ガソリン自動車の祖といえば、ドイツのベンツやダイムラーが挙げられます。自動車産業は、ドイツやフランスといったヨーロッパの伝統産業なのです。

 そんなドイツやフランスに比べ、当時のスペインは、ヨーロッパにおいて比較的賃金水準が低い国でした。次のグラフ(スペインは賃金水準が低い)を見てください。

「まだ安さで勝負してるの?」スペインに学ぶ“生き残り戦略”とは?出典:『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』

 1991年以降の欧州主要4カ国の平均年収(名目ベース・購買力平価換算)の推移を表したものです。現在もスペインの賃金水準がイギリスやドイツよりも低いことがわかります。そのため、ドイツやフランスの自動車企業は、スペインの低賃金労働力を活用すべく、生産拠点として多くの工場を進出させました。

 結果、スペインでは部品製造業の集積も進みます。外資部品メーカーからの技術供与により、国内製造部品の競争力が向上しました。

 イギリスが離脱したとはいえ、EU域内は人口が約4.5億人と巨大な市場を形成しており、またヒト・モノ・カネ・サービスの移動が自由なため、関税をかけられることなくEU市場に輸出することができます。こうした要因を背景に、スペインの自動車生産は飛躍的に発展しました。

東ヨーロッパ諸国の加盟で起こったこと

 ECは、1992年の欧州連合条約(マーストリヒト条約)によって、翌93年からEU(ヨーロッパ連合)へと発展的改組をします。1995年にはオーストリア、スウェーデン、フィンランド、2004年には東ヨーロッパ諸国を中心に10カ国、2007年にはルーマニアとブルガリア、2013年にはクロアチアがそれぞれ加盟し、28カ国体制(当時)となりました。

 EUの加盟国の拡大によって、スペインよりも賃金水準の低い東ヨーロッパ諸国へ生産拠点が移動することになりました。

 かつてスペインが持っていた「賃金水準の低さ」という優位性を、東ヨーロッパ諸国に奪われたのです。次のグラフ(東ヨーロッパ5か国の自動車生産の推移)を見てください。

「まだ安さで勝負してるの?」スペインに学ぶ“生き残り戦略”とは?出典:『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』

 ポーランドやチェコ、スロバキア、ルーマニア、ハンガリーといった東ヨーロッパ諸国では、EU加盟後に自動車の生産台数を伸ばしました。

 こうした背景は、スペインの自動車産業の空洞化を招く恐れがありました。事実、スペインの自動車生産台数は2004年を境に減少していきます。

スペインは「戦い方」を変えた

 しかし現在、スペインは、1990年代ほどの勢いはないものの、ドイツに次いでヨーロッパ諸国中第2位の自動車生産大国になっています。2022年の概算では、生産台数221万9000台に対し、182万3000台が輸出され、その割合は82%と高い水準です。EUの拡大後もヨーロッパで有力な自動車生産拠点としての地位を保っているのです。

 東ヨーロッパ諸国に「大衆乗用車」生産の主役は譲りましたが、スペインは非量産型の高品質小型車やミニバンなどの多目的車両の生産にシフトしました。また、自動車生産だけでなく、研究開発部門の強化も推進させ、研究開発の事業拠点としての役割を強化させているのです。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)