そのような人物こそ、ほかならぬトランプである。
かくして、一見奇妙なことが生ずる。
PC的な品行方正さを意図的に侵犯し、徹底的に冒涜的にふるまっている人物が、保守的な価値や伝統的な道徳を守る最後の砦として現れるという逆説が、つまり一種の「対立物の一致」が生ずるのだ。
その上で、トランプは、道徳性の一般を代表するような論争的な主題に関してだけは、はっきりと保守的な道徳を支持する。
たとえば、女性の人工妊娠中絶に関しては、――「プロライフ(胎児生命尊重)」の名目を使って――否定的な態度をとる。あるいは、LGBTQ+を認めず、「男と女しかいない」と公言する。
トランプは、性行動に関しても極端に奔放なので、こうした保守的な主張はちぐはぐな印象を与える。が、トランプの支持者は、これを矛盾とは見ていない。
マスコミ不信が斉藤知事を
「本音で戦う男」に仕立てあげた
ここでまた、少しだけ、日本の文脈に目を向けておこう。
斎藤元彦氏(+立花孝志氏)と対立候補の稲村和美氏の関係(編集部注/斎藤と稲村の2人は「保守vsリベラル」の構図で対立し、2024年11月の兵庫県知事選を戦った。選挙終盤にはNHK党の立花が斎藤の支持を表明。ネット世論に影響を与え、斎藤陣営を勝利に導いた)は、トランプとカマラ・ハリスの関係に等しい。
兵庫県知事選挙の方がはるかに規模が小さいが、アメリカ大統領選挙と同じような(有権者たちの)心的機制が働いて、斎藤氏の勝利に帰結したと考えられる。
稲村氏は、アメリカの民主党のような既成支配層のリベラルの代表者と見なされた。斎藤氏のパワハラ疑惑は、トランプの反PC的な行動と同じように機能し、斎藤氏の得票に対してポジティヴに作用した。
ところで、兵庫県知事選挙では、有権者が、新聞やテレビなどのマスコミよりもSNSの情報に大きく影響されたということが、人々に――とりわけマスコミ関係者に――強い衝撃を与えた。
マスコミは、パワハラ疑惑を批判的に報道し、(はっきりと明言はしていないが)斎藤氏の落選を予想していた――立候補しても知事に再選されることは絶対にないと予期していたのだ。
ところが、斎藤氏が勝利した。この結果にSNSの影響が効いたと考えられている。