移民を受け入れた国の末路……日本でも同じことが起こるかもしれない
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

移民を受け入れた国の末路……日本でも同じことが起こるかもしれないPhoto: Adobe Stock

ドイツの移民問題とは?

 第二次世界大戦後、ドイツは労働力不足を補うため、イタリアやトルコなど周辺国と外国人労働者受け入れ協定を結び、「ガストアルバイター(客人労働者)」を多数受け入れました。当初は短期滞在を想定していましたが、実際には多くが長期滞在し家族も呼び寄せ定住しました。

 企業は低賃金で高負荷な業務を担う彼らを重宝しましたが、言語教育や社会統合などの制度整備は不十分でした。その結果、待遇格差や差別、社会的分断が深刻化。さらに、安価な労働力に依存したことで企業の構造転換も進まず、労働者自身も老後の貧困リスクを抱えることに。

 こうした問題が積み重なり、ドイツ国内ではやがて「ガストアルバイターが多すぎるのではないか」「宗教が違う移民が文化を変えてしまう」などの不満が噴出しました。一時的には外国人労働者が企業利益を高める存在だったにもかかわらず、制度が追いつかないまま社会に深く根づいたことで、逆に排他感情を招く矛盾が見えてきたのです。

欧州難民問題の影響とは?

 そこへさらに拍車をかけたのが、2015年に欧州全体で顕在化した移民・難民問題です。中東やアフリカ各地からの難民が大量に押し寄せ、ドイツは積極的に受け入れる姿勢を打ち出しました。

 当時のメルケル首相は「できる(Wir schaffen das)」と表現し、一時期は年間数十万人規模の難民がドイツに流れ込んだとも報じられています。この方針に賛同する声も多かった一方、国内には「すでに移民が増えすぎているのに、これ以上どう対応するのか」という懸念が根強く存在しました。

 とりわけ東部地域を中心に難民排斥を唱えるデモや右派政党の台頭が指摘され、社会の分断が表面化する事態につながったわけです。

 難民を含む移民がさらに増加したいま、ドイツはどのような状況にあるのでしょうか。

 一部の地域では多文化共生を進めるための言語支援や学校現場でのインクルーシブ教育が進み、移民コミュニティーが都市の労働力や文化の多様性に貢献していると評価されています。

 しかし、移民が集中する一部の地区では失業率が高く、インフラ整備が追いつかないまま貧困が固定化されるなど、格差の拡大が深刻化しているとの指摘もあります。最も深刻なのは、文化や宗教、慣習の違いを巡るトラブルが発生し、警察や自治体の対応が追いつかない事例が増加していることです。

 結果として「多文化共生は成功していない」と唱える勢力が右派政党などを通じて移民批判を強め、社会統合の道をますます難しくしているという側面があるわけです。近年、ヨーロッパ各国で右派の政治家や政党の躍進がみられるのも、こうした事例の積み重ねによるものと考えられます。

ドイツはこれからどうすればいいのか?

 一方で、ドイツの高度経済と産業界は、国際競争力を保つためにさらなる人材確保を望んでいます。少子高齢化が進むなかで移民を拒否すれば労働力が不足し、経済発展に支障が生じるとみているからです。ドイツではこうした矛盾を抱えつつ、受け入れた移民や難民をどのように社会の一部として統合していくかが、長期的な政策課題となっています。

 過去のガストアルバイター制度を踏まえ、将来的な社会コストを見据えた支援策が必要だとわかりつつも、政治的対立や財政負担の議論が絡まり合い、移民政策の舵取りは依然として困難です。また最近では、ロシアによるウクライナ侵略などを背景にドイツ経済が不振にあえいでいることも、さらに問題を深刻化させているようです。

 結局、企業や政府は短期的に労働力を確保しようと考えても、長期的には移民が定住し、高齢化し、世代を重ねていく現実に向き合わなければなりません。そういう長期的視点がなければ、後世の人々に「争いの火種」を残すこととなります。トルコ系コミュニティーをはじめとするガストアルバイターの歴史はその代表例であり、2015年の難民問題によって移民人口がさらに増えた現在は、より複雑な局面を迎えているといえます。

多文化共生か、移民制限か?

 地域によっては移民が経済・文化面で活躍し、新たな付加価値を生み出す事例がある一方、社会統合の不備が差別や社会的分断を生み出す事例も見られます。ドイツが今後も多文化共生を推進するのか、それとも移民制限に舵を切るのか、いずれにせよ戦後70年以上続く移民の経験をどう活かすかが問われ続けます。

 そして、こうした問題をドイツの地域性として見るのか、わが国でも同様のことが起きるかもしれないと普遍性として捉えるのか、それは個人の立場によって変わってきそうです。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)