そこで、この時点で約60年間維持されてきた古畑鑑定に対する疑問点をぶつけてみることにしました。それが、インスブルック医科大学法医学研究所副所長でオーストリア法医学会会長を歴任した経験もある著名な法医学者ヴァルター・ラブル博士の証人尋問でした。ラブル博士には、首吊り自殺や絞首による刑の執行が、被経験者の身体にどのような作用を及ぼすのかについて、長年にわたる研究と業績があったのです。

残虐でない4つの理由は
呆気なく覆された

 ラブル博士によると、絞首によって死に至る原因は次の5種類に大別されるということでした。

(1)頸動静脈の圧迫によって脳に酸素が行かなくなること
(2)咽頭の閉塞によって息ができなくなること
(3)胴体と頭部の断裂
(4)延髄の損傷と圧迫に伴う椎骨の骨折
(5)迷走神経損傷による急性心停止

 つまり、(1)は首の動脈が縄によって締め付けられることで脳に酸素が血を通して行き渡らなくなり死に至るというもの、(2)は首を締め付けられることで気道が塞がり、息ができなくなることで肺呼吸が困難になることによって死に至るというもの、(3)は物理的に頭部と胴体が離断することで死に至るというもの、(4)は呼吸や循環機能の中枢を司る部分である延髄が損傷や圧迫によって機能停止することで呼吸が止まり死に至るというもの、そして(5)は落下の衝撃で迷走神経が損傷し、急性心不全が起こることで死に至るというものです。

 1952年に古畑鑑定が示したものにもっとも近いものとしては(4)であって、これならば瞬時に意識を失う可能性もあり得るし、やがて心臓死に至るものとされています(ただし、ラブル博士は(4)でも直ちに意識を失わないことの方が多く、延髄が破壊されて瞬間的に意識を消失することは稀であるとしています)。

意識が保たれたまま
呼吸はできず胴は離れていく

 また、ラブル博士によると、ここで挙げた(1)から(5)の順番に発生する可能性が高いということです。さらに重要な点として、古畑鑑定の指摘する(4)による死亡は、ここでいう(1)から(5)の中でピンポイントで狙って行えるものではないということです。