仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

前回までのあらすじ
やろうと思っているのに、つい行動を先延ばしにしてしまう現象を、心理学の「自制心(セルフコントロール)」という概念で解説しました。
自制心は「心のエネルギー」のようなもので、まるで体力のように、消耗していくことがわかりました。
さらに、このエネルギーを「有限」と考えるか「無限」と考えるかで、行動が大きく変わることが判明。
無限型の人は、休まずに頑張り続けて、成果を出そうとします。
一方で有限型の人は、エネルギーを温存しながら行動します。状況に適応しながら成果を出そうとしていることがわかりました。
>>前回:なぜ休憩するのが下手だと「頑張り屋」は成果を出せなくなるのか? 心理学の実験でわかった衝撃の真実
先延ばしの原因:こころの資源が消耗している
では、再びみなさんにお聞きしたいと思います。
こころのエネルギーは使えばなくなり、その結果として、自制心を発揮し続けることができなくなると思いますか?
それとも、こころのエネルギーを使ったとしても、それがなくなるわけではないので、自制心を発揮し続けることができると思いますか?
私が行った実験を2つ紹介しましたが、これらの実験結果からわかることは、
・私たちのこころが処理できる資源の量には限りがあり、
・限度を超えると資源が消耗、枯渇する
ということです。そのため、資源の温存や補充が必要になってきます。
自制心を発揮し、資源が多少消耗しても、無限型の人がそうであったように、意志の力である程度はそれを補うことができるのでしょう。
しかし、それにも限界があります。
あまりにも消耗の程度がひどくなってしまうと、いくら強い意志力の持ち主であっても、枯渇した資源を補うことはできません。
無限型の人は、「自制心を働かせても、その源となる資源は消費されず、したがって自制心は枯渇しない」と考えているので、資源の温存や補充を重視せず、手を抜いたり休んだりすることなく自制心をふんだんに発揮し続けます。
その結果、消耗は激しくなり、枯渇してしまいます。
そうなったら、いくら本人が頑張りたいという気持ちをもっていても、頑張り続けることができなくなってしまいます。
自制心は筋肉のように疲労し、回復する
心理学では、自制心は筋肉のようなものだと考えられています。
筋肉の疲労は、休息によって回復しますよね。同じように、自制心も時間とともに回復するのです。
自制心が最も弱まるのは、それを使い切った直後です。
その瞬間には、誘惑がとても強く感じられますが、時間が経つにつれて、次第にその誘惑もやわらいでいきます。
つらさのピークが過ぎれば、自制心は次第に回復します。
これを理解することで、自制心の一時的な消耗にうまく対処しやすくなります。
どんなに強靭な自制心の持ち主であったとしても、自制心を発揮し続けて資源が枯渇すれば、行動を起こす気力が湧いてこなくなります。
それは、その人の自制心が足りない(弱い)のではなく、自制心を使い切ったため、資源が枯渇している状態なのです。
資源が枯渇してしまったら、それを補給するために休憩をとるなど、時間が必要になってきます。
2つの実験より、無限型の人は、状況に応じて行動を調整できないという点において、不適応的である可能性が示されました。
消耗の程度が比較的軽い場合には、こころのエネルギーは無限であると信じ、頑張り続けることができる無限型の人のメリットが強調されます。
しかし、消耗の程度が激しい場合には、無限型の特徴が弱点となります。
日常生活の中には、自制心を働かせる場面がたくさんあります。
最近の研究では、たとえば買い物のちょっとした判断や、誰かに良い印象を与えようとする行動など、些細に思えることでも、実は多くの心のエネルギーが消費されていることがわかっています。
こうした状況を踏まえれば、無限型の人は適応的ではないといえるでしょう。
逆に、「自制心の源となる資源は限られており、自制心の発揮によって消耗する」と考える有限型の人は、資源を節約したり、回復させたりすることで、自制心をうまくマネジメントすることができるでしょう。
「がむしゃらに頑張る」ではなく、努力を管理する
まずは、「資源(エネルギーや時間、サポート)は有限である」と意識することから始めましょう。
資源が有限であると認識するからこそ、私たちは賢くマネジメントできるのです。
自制心を発揮させる源となるこころのエネルギーは有限なので、使いすぎるとしばらくそれが使えなくなってしまいます。
何でもかんでも自制心を発揮してしまうと、資源が枯渇した状態になり、その後自制心を必要とする場面に遭遇しても、その力を発揮することができなくなります。
そこで、私たちはなるべく資源を有効に使う(無駄なものには資源を使わない)ことが求められます。
ただがむしゃらに努力をし続けるようでは、最終的な目標を達成することは難しくなります。
自制心は、その気になればいくらでも発揮できるというものではありません。
効率的に努力を調整することが重要です。
気合いで乗り切るのではなく、心理学が示す「自分の扱い方」――たとえば、注意や気持ちの向け方を意図的に変えるコツや、自然と行動が促される方法――を知り、実践するのです。
※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。