というのも、ときは60年安保闘争真っ盛り。テロリズムが横行していた。この年の6月には、やはり社会党の衆院議員がナイフで刺され、その翌月には現職の岸信介首相も短刀で刺されていた(いずれも犯人は成人)。

 山口二矢による刺殺事件は、政治をめぐる不穏な騒動の流れの一環、政治闘争の極致におきたとみなされたのだ。

 令和の時代、2022年に発生した安倍晋三元首相の銃殺事件は、参院選のさなかだったが、山口二矢の事件もまた、岸が内閣総辞職し、総選挙を直前に控えた時期だった。

少年が刺殺する瞬間の写真は
ピュリッツアー賞を受賞した

「浅沼委員長を倒すことは日本のため、国民のためになることであると堅く信じて殺害した」

 現行犯逮捕された山口二矢は、警視庁の調べに、そう供述している。

 その意味では、統一教会をめぐる問題にからみ、安倍晋三元首相が銃で撃たれた事件以上にテロの性格がつよく、民主主義の根幹を揺るがす事件でもあった。

 この事件で、新聞、テレビなど報道機関は、こぞって山口の実名をニュースとして流した。

 事件現場は、選挙戦を控えた立会演説の場だっただけに、新聞各社の記者とカメラマンが取材で集まり、NHKもテレビ撮影していた。

 毎日新聞のカメラマンは、山口が浅沼氏に短刀を突きさす瞬間に、シャッターを切っている。事件翌日の朝刊には、山口の実名とともに、その写真が一面にデカデカと載っている。それは、大スクープのあつかいだった。そして、この写真はジャーナリズムのノーベル賞ともいわれるピュリッツアー賞を受賞している。それは、国内初の受賞だった。

 もちろん、この時期にはすでに今の少年法が施行されている。

 それでも、各社そろって山口の実名も流したし、顔写真も載せた。天下のNHKだって、実名、顔どころか刺殺の瞬間の映像を放送しているのである。そして、当時の新聞紙面をみるかぎり、実名、写真を報じたことが、問題化した形跡はない。学生服姿の17歳の山口少年は、いっぱしの大人あつかいをされていたのである。

山口二矢は自殺しなければ
いま82歳でシャバにいたかも?

 もし今なら、顔写真は、当然ながらモザイクだ。新聞、テレビは名前さえも明らかにしないだろう。

 と同時に、山口は早熟な右翼の思想家などととらえられることはなく、その凶行は、ただの少年の誇大妄想と位置づけられただろう。