不確実性の高い状況に対処する思考様式、「エフェクチュエーション」が話題だ。コロナ禍以降、社会経済環境は大きく変化している。テクノロジーの進化や国際情勢も目まぐるしく、先行きは不透明だ。そんな中で未来を予測するのは不可能に近い。不確実性の高い時代を生きる私たちにとって、「エフェクチュエーション」は大きなヒントとなるだろう。『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』は、この理論をわかりやすく解説した日本初の入門書だ。本記事ではこの不確実性の高い時代を生き抜くためのキーワードとして、「エフェクチュエーション」を含む3つの言葉に注目して紹介する。(文/小川晶子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

先の見えない時代をどう生きるか?
不確実性の高い時代を生き抜くために、私たちはどんな考え方や姿勢を持てばよいのだろうか。
多くの人が悩んだり、迷ったりしているだろう。
未来を読み切ることはできない。だからこそ、不確実さを前提にした新しい意思決定の方法や生き方が求められている。
本記事では、これからの時代を生き抜くために重要な3つのキーワードを紹介する。
①エフェクチュエーション
不確実性が高い状況に対して、予測ではなく「コントロール」によって対処をする思考様式が「エフェクチュエーション」だ。
経営学者のサラス・サラスバシー教授(ヴァージニア大学ダーデンスクール)が、カーネギーメロン大学博士課程在学中に実施した研究により発見された。
2001年に最初の論文が発表されたとのことなので、今回紹介している3つのキーワードの中ではもっとも新しい。
サラスバシー氏の研究とはこういうものだ。
米国の優れた起業家を集めて、架空の商品を事業化するという設定でさまざまな課題を出し、自由に意思決定させるという実験をした。
起業家たちは、米国の成功した起業家リストに掲載されている人のうち「1社以上起業、創業者として10年以上フルコミット、1社以上株式公開」という基準でスクリーニングされているが、属性はバラバラ。意思決定の結果もバラバラ。
ところが、意思決定のパターンに明確な共通性が見られた。その思考様式に「エフェクチュエーション」と名付けたのだ。
エフェクチュエーションには5つの原則があるが、それを簡単にまとめると以下のようになる。
自分がすでに持っている「手持ちの手段」を活用し、何ができるかを考える。
2.許容可能な損失の原則
期待できるリターンよりも、うまくいかなかったときのリスクを考え、その損失が許容できるかどうかを基準にコミットする。
3.レモネードの原則
予期しないことが起きたならそれを積極的に活用することで、新しい価値や望ましい結果を生み出そうとする。
4.クレイジーキルトの原則
資源や技術の提供など、何らかのコミットメントを提供してくれそうな人に交渉し、パートナーシップを構築する。
5.飛行機のパイロットの原則
飛行機のパイロットのように、状況を常に察知しながら、「いま・ここ」でコントロールすることに集中し続けることで望ましい結果を導こうとする。
不確実性の高い状況では、予測に基づいて戦略を立てようと思ってもなかなかうまくいかない。それよりも、いま持っているものに注目してスタートを切り、コントロールできることに集中しながら望ましい結果にたどり着こうというのである。
これは起業家はもちろん、新たな価値を創造したいすべての人に役立つ意思決定法だ。
とくにコロナ禍以降、社会・経済環境は大きく変化しており、従来の「予測によって困難に対処する」アプローチが難しくなっている。
そんな中で日本でも「エフェクチュエーション」の考え方が急速に広まり、注目度が高まっているのである。
②ネガティブ・ケイパビリティ
一言で言えば、「不確実性を許容し、結論を急がない力」のことだ。
タイパが重視され、すぐに問題解決をしたい、答えを出したいのが当たり前の時代だからこそ、わからなさを許容できる能力が注目されている。
すぐに答えを出す、判断をすることが必要な場合はもちろんある。だが、そればかりでは、もっと深く考えて新たな視点を得たり、創造的な思考をしたりする機会を失ってしまう。
ネガティブ・ケイパビリティという言葉を作りだしたのはイギリスの詩人ジョン・キーツで、シェイクスピアのように「偉大な仕事を達成する人間は、事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力を持っている」と弟への手紙に書いていたそうだ。
その後、精神分析医がネガティブ・ケイパビリティの重要性を再発見したことなどを経て、近年また教育やリーダーシップなどの場で注目を集めるようになっている。
不確実性を受け入れ、それを新たな可能性へと変えていく点で、エフェクチュエーションとも通じ合う考えとも言えそうだ。
不確実な時代には、ネガティブ・ケイパビリティが必要なのだ。
③ストイシズム
2000年以上前の古代ギリシャでゼノンがはじめた「ストア哲学」が、現代を生きるための実践的な哲学として注目され、シリコンバレーをはじめ世界中に広がっているという。
その中心的な教えは、「コントロールできることに集中せよ」というものだ。
環境や、人からの評価や、過ぎてしまったことはコントロールできない。どうにもできないのに、それについて悩むのは無駄である。
それよりも、自分がいま持っているものに注目し、使えるものを使って、最大限に理想的な人生を歩むことが大事だと説いている。
未来が不確実でどうしたらいいかわからない場合も、「人として最高の自分になる」という理想をいったん置いたうえで、いま・ここに集中し、できることをやる。
そう考えると、心は落ち着き、周りがどうであろうとブレなくなる。
不確実性を受け入れ、制御できる行動に集中する点で、エフェクチュエーションと重なる部分もありそうだ。
個人的には、2025年に入ってストイシズムに出会って「人生が変わった」というくらい影響を受けている。
周りにすぐ影響を受けていた自分が、淡々とストイックにやるべきことをやるようになったと思う。メンタルが安定し、幸福感が増すのである。
これからの時代のための3つのキーワード
不確実性の時代にこそ、私たちに求められているのは万能の答えではなく、新しい姿勢や考え方だ。
エフェクチュエーション、ネガティブ・ケイパビリティ、ストイシズムという3つのキーワードは、そのヒントを与えてくれる。
これからますます注目されるであろう、不確実性の高い時代の意思決定法を学んでみてはいかがだろうか。
これらを日々の意思決定や行動に取り入れることで、未来の不透明さを恐れず、一歩ずつ前に進んでいけるだろう。