不安より世の中の反応への好奇心で頭がいっぱい!
貯金がゼロになったらどうなるか、試してみたいと考えた

――「やりたいことをやって生きる」というのは、多くの人が憧れることですが、一方で「それで本当に食べていけるのか?」という疑問もつきまといます。おカネに関する不安はなかったのですか?

レンタルなんもしない人 まったくなかったわけではありません。それ以上に「やってみたい」という気持ちのほうが強かった。始めた当初は、おカネのことは深く考えていませんでした。「これで生活していこう」とか「稼ごう」といった発想はなくて、「なんもしない人を貸し出したら、世の中はどんな反応をするんだろう?」という好奇心で頭がいっぱいでした。だから、最初の頃は報酬もいただかず、交通費や飲食代といった実費だけを受け取っていたんです。

――ほとんど、ボランティアですね。

レンタルなんもしない人 そうですね。でも、会社員時代からフリーランスの頃にかけて貯めたおカネがけっこうあったので、「貯金が尽きるまではやってみよう」と思ったんです。今ある貯金がなくならないようにと、気の進まないことを続けても、特に人生は面白くならないような気がしたんです。「貯金がゼロになったら、自分は一体どうなってしまうんだろう?」という、ワクワク感もあって。むしろ楽しみにしていたところもありましたね。

――「レンタルなんもしない人」を始めた当時、すでにご結婚されていたんですよね。

レンタルなんもしない人 家計は僕だけが担っていたわけではなく、妻もフリーランスでイラストの仕事をして自立していました。なので、「なんとかなるかな」と思っていました。それに最悪どうしようもなくなったら、親に頼ればいいかなと。

 僕と妻の実家は、いわゆる“太い実家”というわけではないのですが、ある程度余裕があり、子どもの頃からおカネに困った経験がほとんどなかったんです。だから、僕も妻もおカネへの執着がなくて、それよりも「やりたいことをやる」ことのほうが大事という感覚が強いのかもしれません。

――それで、実際に貯金がゼロになるまでやってみたのでしょうか?

レンタルなんもしない人 いえ、完全にゼロにはできませんでした。始めた当初はワクワク感がいっぱいだったのですが、いざ、貯金がゼロに近づくと、さすがに「これはマズいな」と感じました。おカネがどんどん減っていくのは、やっぱり普通に怖かったです。

 なので、完全にゼロになる前に方針を変えて、1件につき1万円としました。その後も何度か料金体系を見直して、現在では自由料金制としています。サービスや生活を維持するために少しずつ形は変えていますが、「おカネ儲けのため」ではなく、あくまで“実験”として始めたという原点は、今も変わっていません。

――依頼者が増えたのは、メディア化の効果も大きかったですか?

レンタルなんもしない人 はい、それは大きかったと思います。書籍や漫画、ドラマになったことで世間の認知度は一気に上がり、一時的に収入が増えた時期もありました。ただ、それが続くわけではなくて、基本的には一件一件の依頼に対していただく謝礼が収入の中心です。最近では、イベントや月額性のコミュニティから収入を得ることもあります。でも、それも自分から積極的に始めたというより、周囲に勧められて、始めてみたという感じです。「将来も安泰か」と問われると、そこまではわかりません。でも、もともとおカネに執着がないので、最低限暮らしていければ十分です。

――おカネに対して、独特の考え方をお持ちですよね。

レンタルなんもしない人 独特かどうかはわかりませんが、僕にとっておカネは、「面倒くさいことを避けるための道具」みたいなものです。請求書を書くのが面倒で、報酬を断ったこともあります。今は事務作業を妻にお願いしているおかげで、報酬をもらえていますが。

 しかし、おカネがなくなると、今度はそのことで悩まないといけなくなる。それが面倒なんです。だから収入は必要ですし、レンタル料金は、思った以上にきちんとした金額を払ってくれる方が多い。「このサービスをこれからも使いたいから、続けてほしい」という気持ちで支払ってくれる人もいて、こちらにとって助かるのはもちろんですが、その人自身にとっても「未来の自分」のための投資とも言える。賢いおカネの使い方だと思います。

――お子さんの成長とともに、おカネへの意識が変わるようなことは?

レンタルなんもしない人 根本的には変わりませんが、「子どもに惨めな思いはさせたくない」という気持ちはどうしても芽生えてしまいます。以前のように、貯金ゼロを試すような大胆なことはしなくなりましたね。

 うちの妻は投資に関心があって、NISAなども活用しています。“なんもしない人”ですから、おカネの運用も妻に任せています。ある意味、妻が僕にとっての投資信託だと言ってもいいかもしれません。

 日本は、たとえ借金大国と言われようと、社会保障制度を備えた国です。ある意味、国全体が頼れる“太い実家”のような存在で、おカネがなくなっても、生きていける。もちろん、子どものことを考えると、家族が自立していけることがベストです。だからと言っておカネを目的にせず、これからも“実験”を続けていきたいですね。

――今後も活動を続けますか?

レンタルなんもしない人 正直、SNSでの発信には少し飽きがきています。ただ、依頼者と直接会うことに関しては飽きないですね。話の内容もさることながら、その人が持つ雰囲気やエネルギーを感じるのが面白い。テレビを見ているときの感覚に近いのですが、こちらからは干渉しない前提で、その場に立ち会っているだけで楽しいんです。

 僕にとってこの活動は、ある種の瞑想に近い。何もしないでただそこにいることで、心が満たされるような感覚があります。相手に深入りすることなく、ただ同じ空間を共有する。それだけで十分です。