
2つ以上の単語が結びついて、元の単語とは違う特殊な意味を持つ言い回しとなる「イディオム」。英語には25,000以上のイディオムがあるとされ、その中には英国の地名にまつわるものも多い。その背景をいくつか紹介しよう。※本稿は、安藤 聡『英文学者がつぶやく 人生を豊かにするかもしれない英語と英国文化の話』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。
「無駄なことをする」
という意味のイディオム
イディオム(idiom)とは「成句」「熟語」「慣用句」であり、『ジーニアス英和辞典』第6版(大修館書店、2023)によれば「個々の単語の意味からは全体の意味が類推できない語句・表現」である。例えば「土砂降り」を意味するto rain cats and dogsには「猫」と「犬」という元の意味は最早ない。<イディオム>は「個人に固有の」という意味のギリシア語idiōmaから「独自性」の意味のラテン語を経て、フランス語経由で16世紀後半に英語に借用され「(言葉の)特定の用法」の意味になった。
イディオムの多様性も英語の面白さの一側面であり、英語には2万5000以上のイディオムがあるとされる(Thyab,107)。ここでは英国の地名にまつわるイディオムとその背景をいくつか紹介したい。
「無駄なことをする」という意味のイディオムにtake coals to Newcastleというのがある。〈ニューカースルに石炭を持って行く〉ということで、carry coals to Newcastleとも言う――carryの方が「ハードc」(k音)の頭韻が心地良い。ニューカースルはイングランド北東部の工業都市で、地名の由来は言うまでもなく「新しい城」だ。2世紀初頭にローマ軍がタイン川に橋を架け、そこに「新しい城」(Novem Castellum―のちに英語化されてNewcastle)を築いたことに由来する。