美味しいレストランが失敗する理由
多くのレストラン経営者、特に料理人出身のオーナーは、「職人の思考」から抜け出せないことがある。彼らは自らのレシピや調理技術に絶対的な自信を持ち、それこそが成功への唯一の道だと信じがちである。
しかし、論文が示すように、料理の質は成功のための「必要条件」ではあっても、「十分条件」ではない。美味しい料理を提供することは、顧客が店を訪れるための最低限の前提であり、競争のスタートラインに立つための入場券に過ぎないのである。
味が良いという評価を得ながらも閉店に追い込まれるレストランの背景には、経営やマーケティングといった、料理以外の要素の欠如が存在する。財務管理の甘さから原価率や人件費のコントロールができず、資金繰りが悪化するケースは後を絶たない。
組織運営が未熟で従業員の定着率が低く、サービスの質が安定しないことも顧客離れを招く。どれだけ美味しい料理を提供できても、その存在が潜在的な顧客に知られなければ、客は店を訪れない。
「美味しい」という評価が逆効果になることも
宣伝不足や誤ったターゲティング、SNSの活用不足といったマーケティングの問題は、致命的な結果をもたらす。顧客からの「美味しい」という賞賛は、時として経営者の目を曇らせるわけだ。
肯定的なフィードバックが「自分のやり方は正しい」という誤った確信を強め、経営上の課題から目を背けさせる要因となり得るのである。
庄やの事例は、前述の論文が示す教訓を体現しているかのようである。
「魚の庄や」として築き上げた品質へのこだわりとブランドイメージは、確かに庄やの強みであった。
しかし、その強みだけでは、時代の変化という大きな波を乗り越えることはできなかった。
消費者の価値観の多様化、競争環境の激化、新たなライフスタイルの登場といった外部環境の変化に対応するためには、味の自信を超えた、柔軟で多角的な経営能力が不可欠であった。
レストランの成功は、厨房の中だけで完結するものではない。それは、財務、マーケティング、人事、そして市場分析といった全ての要素が噛み合ったときに初めて実現される総合芸術なのである。
とはいえ、逆にいえば、美味しいのに知られていない現在の「庄や」は、穴場といえるわけで、混雑するまで利用していきたいと思った。