最大の難所を登攀し「平常心を保てる心の強さ」を身につけたアイガー北壁の最大の難所を登攀する著者(同書より転載)

山は心を強くし
「平常心」が身につく

 それでも夜が明け、太陽が上がってくると生気が戻ってきます。滞っていた血流が勢いよく流れ出すような活力を覚えました。あれほどつらくて、あれほど不安だったのに、太陽に包まれたとたん、希望に満たされる。太陽には、肉体的にも、精神的にも、人を励ます圧倒的な力があります。

 私は何度も、太陽に助けられました。厳しい状況に追い込まれ、生死の境に立たされながら、それでも私の心が折れなかったのは、「耐えて待てば、必ず日が昇る」、そして「日が昇れば、新たな希望が生まれる」ということがわかっていたからです。

 山は、心を強くします。

 日本では古来、山岳信仰があります。寺院の門を「山門」と呼ぶのは、お寺が山に建てられていたからです。山伏(修験者)が修行の場所に山を選んだのも、人間の日常生活からはかけ離れた「神仏の宿る場所」として崇めていたからです。

 私は特定の宗教を持ちませんが、それでも山に身を置き、「暗闇の中でひとり朝を待つ」という経験をするなかで、「平常心を保てる心の強さ」を身につけた気がします。