シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、『君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

歴史を学ぶと「勇気が出る」
歴史を学ぶべき理由はたくさんある。
私がおススメする第一の理由は、まずは「勇気が出る」からだ。
それに加えて、私が歴史を学ぶことをおススメする理由には、以下の3つがある。
1.今が一番いい時代に生きていることがわかる
2024年の夏、欧州の豪奢なお城を改装したホテルで数日間を過ごした。欧州の王族の暮らしぶりを体験してみたかったからだ。
しかし、一日もたたないうちに「過去のいかなる帝王や将軍より、現代の庶民のほうがいい暮らしをしていること」を痛感した。お城は巨大であった。ふかふかの毛皮のような絨毯が城内の床を覆っていた。それがとても歩きにくかったこと。
また欧州は酷暑だったので、厚手の絨毯で暑さが増した。それなのに、エアコンは一部の場所にしかなかった。我々が泊まった王様の部屋にはなかったのだ。
その代わりに、巨大で爆音を出す扇風機が二台も巨大なリビングルームに置いてあったが、机に置いた書類を吹き飛ばす勢いの割には、あまり涼しくならない。さらに、うるさいので、寝るときはつけていられなかった。
レストランにもエアコンがなくて、壮大な庭がよく見えるように窓がすべて開けられていた。夕方からは多少涼しく感じられたが、窓からハエが大量に入ってきて、ハエを追い払うことでご飯に集中できなかった。
Wi-Fiもあるはずだったが、ブチブチと切れた。館内のレストランは一つだけで、そこまで部屋から遠かったうえにメニューが少ない。
広大な敷地の近所には、スーパーもコンビニもない。王様の生活はまったく羨ましくなかった。
当時は、病気になってもたいした医療も受けられず、感染症へのワクチンもなかっただろう。携帯もPCもネットも、ワクチンもエアコンもネットフリックスもコンビニも車もない生活なんて、とてもではないが我慢できない。
ナポレオンや秦の始皇帝にも、アレクサンドロス大王にもあこがれの気持ちが激減した。
2.歴史の中心には、いつも
ダークホースが躍り出ることがわかる
中国の歴代王朝と騎馬民族の関係を見てもそうだが、歴史は常に辺境からのダークホースが突如現れて、中央の政府を倒すという盛者必衰、下剋上の連続だ。
また地中海貿易ではハブられていたスペイン、ポルトガルがオスマントルコによる搾取から一か八かで大航海時代に乗り出し、ダークホースとして勢力を拡大した。
大航海時代で発見された北アメリカは、南アメリカ大陸のような文明に恵まれなかったが、その後は世界最強国家として台頭した。
産業革命もイギリスが優れた社会だから起こったわけではない。イギリスの王の統治技術が低くゆるかったせいで中産階級が台頭し、生産性向上インセンティブが彼らの間に湧き起こり、技術の商業化が実現したのだ。
科挙制度で選りすぐられた有能な官吏が、巨大な大陸国家の隅々までを完璧に統治した中国では、王以外が発明や貿易の恩恵を受けることはなかった。そのため、最も優れた航海技術、紙や火薬、羅針盤など、ほとんどの発明を興したにもかかわらず、技術の商業化が起こらなかった。
知的財産権や私有財産の保護もされなかったので、生産性向上インセンティブが民間に起こらず、中国には大航海時代も産業革命も来なかった。
その後、イギリスと中国は立場が逆転し、欧州よりはるかにすべてにおいて先進的であった中国は、アヘン戦争により欧州列強、そして日本の草刈り場となってしまう。
さらに辺境でしかなかったアメリカが、ボストン茶会事件でイギリスの暴政にブチ切れ、太平洋と大西洋に守られた資源豊富な巨大な島国として、その地政学的優位性を活かして世界最強の海軍を持っていた大英帝国に勝ち、独立を果たす。
その独立がフランスや日本にインパクトを与え、フランス革命そして明治維新で国民国家を生み出す。
その後それがドイツやイタリアに伝播し、国民国家というスタイルが欧州中心に生まれ、それまで優位を誇った帝国を圧倒し始める。
そして、2つの世界大戦をきっかけに東南アジアや西アジアでも国民国家が植民地から独立を果たし、アフリカにもその波は伝わる。
その後、中国は改革開放を経て人類史上最も長い高度成長を実現し、多くの人口を貧困から引き上げ、世界第二位の経済大国になった。技術力でもドローンやEV(電気自動車)では他を圧倒し、量子コンピューティングやバイオでも世界をリードしている。
3.「禍福は糾える縄の如し」がわかる
アジアで最も豊かな都市国家はシンガポールだ。シンガポールができた経緯は、1965年にマレーシアとの合併が反故にされたことに始まる。
シンガポール建国の父、故リー・クアンユー氏は、マレーシアという後背地経済がなければ、小国シンガポールは生きていけないと認識していた。
しかし、マレーシアとの合併は、ほぼ実現できると確信した矢先にマレーシアにはしごをはずされ、国民の前で涙の記者会見をした。泣きながらシンガポール国民に、独立国家として生きていくしかないと訴え勇気づけ、人々の生存本能に火をつけたのだ。
それからほぼ60年が経ち、シンガポールの一人当たりGDPは、マレーシアのそれの約7倍となっている。
たとえ今、あなたが厳しい状況にあるとしても、1965年のシンガポールよりはましだろう。
苦境にあるとしても、あなたの生存本能に火をつけることができれば、ものすごい底力が出せるはずだ。歴史がそれを証明している。
シンガポールだけではない。どんな大人物も大帝国も、不遇の時期に力を蓄え、努力を続けたからこそ、やがて花が咲いたのだ。
しかし、同時にそこで調子に乗っていい気になると、命運は尽き、悲しい運命が待ち受けることになる。
あなたの周りだけを見ていては、この時代に生まれたことによって、過去のいかなる帝王や将軍や富豪に比べても、庶民がいかにいい暮らしをしているかは、わからない。
時代のメインストリームにいた人物や国家が、次の時代を作るのではない。辺境にいた、皆が無視していたダークホースが、颯爽と時代を作り変えるのが歴史の常なのである。
ピンチは頑張りによっては、チャンスにできる。本当のチャンスをつかむものは、ピンチを必ず乗り越えている。
歴史を学べば、こういうことが必ずわかる。歴史を学ぶべき理由はまだまだあるので、それは追って説明しよう。
(本稿は『君はなぜ学ばないのか?』の一部を抜粋・編集したものです)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。