シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、『君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

権威や秩序を重視する環境では、
創造的破壊は生まれない
私はトランプ大統領二期目登板前までは、“中国の今後のテクノロジーの進化は、恐れるに足らず”と思っていた。
もちろん、その中で、既得権益がいない分野でのリープフロッグ(カエル跳びのように一気に飛び超えて進むこと)で、国家による監視やデータ収集に役立つものは、採用され浸透していくだろう。
しかし、そもそも、自由にモノが言えず、知的財産権や私有財産権が守られない場所で、これからの世界を進めるテクノロジーは興っていかないだろう。
テクノロジーもビジネスもわかっていない中国共産党幹部が、その莫大な国家の研究資金を配分するところからして危うい。
ジャック・マー氏のように、事業で成功して国民のヒーローになった人物でも、「中華帝国」の帝王に物申すと、一時期公の場所に姿を見せられなくなる。
「中華帝国」は、一人の王しか認めない。王への挑戦者はいらないのだ。
そもそも公正な法執行機関により、知的財産権や私有財産権が保護されない国である。そんなところで、持続的な生産性向上インセンティブを持った起業家たちが、リスクを取ってテクノロジーを実装する作業を、コストを計算しながらやるわけがない。
エンジニアや科学者が、国家に脅されながら科学や技術の開発を進められるわけもない。研究とは計画されるものではなく、ミスと偶然も必要なものだ。
自由闊達に考えてモノがいえる環境で、かつミスも受け入れられる場所で初めて進化する。
しかし、起業家や研究者が恐怖を感じるような場所、研究資金が政治的に配分されるような環境では、持続的イノベーションは起こらない。
権威や秩序を重視する環境では、それらを覆す創造的破壊は生まれない。
これは中国だけのことではなく、日本も韓国もそうだ。
中国からの頭脳と資産の
流出は止まらない
儒教的価値観と創造的破壊とは、折り合いが悪い。
だから、日本も創造的破壊クラスのSF的な技術発展は、得意ではない。
中華帝国は、権威と秩序を守る体制を国家のすみずみに至るまで完璧に敷く。
中国は、いち早く火薬、印刷技術、羅針盤、巨大帆船などの世界的発明をしても、それらを商業利用して産業革命を起こすには至らなかった。今の中国は、その時代にそっくりだ。
思想も発言も自由がなく、知的財産権も私有財産も保護されず、社会は秩序と権威を最優先する。
こういう場所では、今後のSF的なテックは興らない。
中国人にそういう才能がないのではない。
小説『三体』(中華人民共和国のSF作家・劉慈欣氏による長編SF小説)でもわかるように、サイエンスに基づいた卓越した空想力や宇宙観を持つSF作家もいる。こういう人たちは、ますますアメリカで実力を発揮するようになるだろう。
世界で唯一、知的財産権と私有財産を保護する法執行機関を持ち、思想も発言も自由で、最高の研究機関と最大の金融市場を持つ場所だ。
時代は、まだまだアメリカ一辺倒が続きそうだ。
日本は、そこに素材と部品、エンタテインメントを提供し、中国は人材を提供する。そういう流れになるのではないか。
もちろん、アメリカ政治が中国人材をどれだけ許容するかは、わからない。アメリカの名門大学には、ますます中国の高度人材があふれてきている。
中国からの頭脳と資産の流出は、止まらないだろう。
(本稿は『君はなぜ学ばないのか?』の一部を抜粋・編集したものです)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。