単なる処世術ではない、人間への好奇心

 もちろん、効率は大切だ。時間を浪費するのは良いことではない。しかし、人間は、正しい理屈や情報だけで動くロボットではないのだ。

 私たちは、面白い、楽しい、悲しいといった「感情」に心を揺さぶられ、そして何より、「この人なら信じられる」「この人と一緒にいたい」という「信頼」があって初めて、本当の意味で納得し、前向きに行動できる生き物なのである。

 雑談を軽んじる風潮は、ビジネスとは人間と人間の活動である、という単純な事実を見失わせる危険をはらんでいる。

 相手の髪形や持ち物の変化に気づくこと。週末の過ごし方や、好きな食べ物について語り合うこと。

 そうした個人的な領域へのささやかな関心こそが、相手を単なる「取引先」や「同僚」ではなく、一人の立体的な人間として認識する第一歩となる。

 「人間への好奇心」という点で、章男氏の姿勢は示唆に富む。ある時、世間で話題のアイドルグループについて、そのスピーチがいかに素晴らしかったかを熱心に語っていたという。

 多忙な経営者がなぜ、と不思議に思うかもしれない。しかし理由は明快だ。世の中の人々が何に興味を持ち、何に心を動かされているのか。それに関心を持たずして、人の心に響く製品やサービスは生み出せない、ということだ。

 経済ニュースが上で、芸能ニュースが下、というような価値の序列はない。あるのはただ顧客や同僚、つまり「人間」そのものへの揺るぎない関心なのだろう。

 街角の人だかりを見れば「何だろうね」と関心を示し、新しいSNSがあれば誰よりも早く試す。この徹底した現場主義と、あらゆる物事に対するフラットな好奇心こそが、血の通ったコミュニケーションを生み出す力なのだ。

 章男氏の雑談は、単なる処世術ではない。それは、特殊な立場を乗り越え、多様な人々と対等な関係を築こうとする真摯な姿勢の結晶であり、顧客を深く理解しようとする探究心の現れでもある。

 そして、その姿勢を支えているのが、「メモ魔」と称されるほどの地道な観察と記録の積み重ねなのである。

 私たちは、効率という名のナイフで、コミュニケーションから人間的な温かみや奥行きまで切り刻んでしまってはいないだろうか。一度、立ち止まって考えてみる価値はあるだろう。

 あなたの職場では今、どんな会話が満たされているだろうか。そこに、トトロの人形が置かれるような、遊び心と物語が息づく余地は残されているだろうか。

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