異分野の「翻訳者」が導く、SMBCのデザイン経営
勝沼 多くの企業では、経営意識を持ったデザイナーが必要に迫られて自ら役割を広げ、経営や事業との接点をつくっていくケースがほとんどです。けれど中村さんは、デザインバックグラウンドをお持ちではありませんよね。デザインの専門的な訓練を受けていない方が、SMBCのような企業規模で、全社的なデザイン活用を推進してきたというのは、非常にユニークで、大きな意味があると感じます。
中村 私はデザインの専門家ではありません。だからこそ、デザインが持つ力や可能性を先入観なく受け入れることができたのだと思います。その素直な尊敬の気持ちが、「デザインを多くの部門に広く生かし、その価値をお客さまに届けるべきだ」という発想につながりました。結果的に、それがSMBCでデザインを全社的に広げる推進力になったのではないかと考えています。
勝沼 デザインの力を理解し、それをサービス開発や経営につなげていく道筋をつくられた、ということですね。デザインの力をいわば、「翻訳」する役割を中村さんが果たされたと言ってもいいのではないでしょうか。
中村 「翻訳者」という役割は、確かに意識してきたかもしれません。もちろん、デザイナーとサービス担当者が直接やりとりすることもありますし、時にはデザイナーがトップに直接プレゼンすることもあります。その一方で、立場や言葉の違いからすれ違いが生じる場面もある。私はその間に入り、双方の意図を伝え合いやすくすることで議論を前に進めてきました。あくまで私は橋渡し役であり、最終的なアウトプットを生み出すのは、それぞれの担当者やデザイナーだと考えています。

多摩美術大学卒業。NECデザイン、ソニー、自身のクリエイティブスタジオにてプロダクトデザインを中心に、コミュニケーション、ブランディングなど、幅広くデザイン活動を行う。国内外デザイン賞受賞多数。デザイン賞審査員も務める。2020年 NEC入社、デザイン本部長として全社デザイン統括を行う。2022年度よりコーポレートエグゼクティブとして、経営企画部門に位置付けられた全社のデザイン、ブランド、コミュニケーション機能を統括。2023年より現職。
Photo by YUMIKO ASAKURA
勝沼 経営層とのコミュニケーションで気をつけていることはありますか。
中村 経営層と話すときは、「デザイン」という言葉を前面に出さないようにしています。デザインはあくまで手段です。お客様の視点で物事を考え、体験価値を最大化することをゴールだとすると、デザインは非常に有効である――そういうスタンスで常に対話するようにしています。
勝沼 逆に、デザインチームとのコミュニケーションではどんな点に気を配っているのでしょうか。本来は、こちらこそ専門性が問われる場面だと思いますが。
中村 気を付けている点は大きく二つあります。一つ目は、プロダクトや作業そのものではなく、そのプロダクトによってどんな価値を生み出したいのか、コンセプトやビジョンを話すことです。目指す方向性を最初に共有して、その後のデザインプロセスではなるべく細かい指示を出さず、各デザイナーの判断や裁量に委ねます。その方が自由な発想が生まれやすく、結果として良いアウトプットにつながると考えています。
もう一つは、デザイナーを特別視しないことです。もちろん専門家として一人一人を尊重しますが、「特殊な技能を持つ人」だと強調し過ぎると、かえって社内で孤立した存在になってしまう。さらには、デザイン以外の領域に関与する道も閉ざしてしまうと考えています。だからこそ、あくまでプロジェクトの一員、SMBCの一員として、サービス開発やビジネス設計に関わる意識を持ってほしいと思っています。
勝沼 最後に、今後の取り組みついてお聞かせください。
中村 数年前からデザインチームとチャネル開発チームで「未来店舗構想」という議論を進めています。30年の銀行店舗はどうあるべきか――その姿を描く取り組みです。ラウンジやカフェを併設し、お客さまと気軽に会話できる場を設けるなど、既に一部では「開かれた場所」を実現し始めています。社会におけるデジタルやAIの活用がさらに進化すれば、リアルとデジタルの融合は一段と高度化し、その中でリアルな顧客接点としての「店舗」の価値は重要度を増していくと考え、今では店舗設計にとどまらず、銀行の役割やお客さま・社会との関係まで議論を広げています。デザインの力で未来をつくること。それがこれからの重要な取り組みになると考えています。
勝沼 先ほど、銀行は本来「行かずに済むならその方が望ましい場所」とおっしゃいました。その根本的な価値を覆そうという取り組みこそが、この未来店舗構想であり、まさにデザインの新しい挑戦というわけですね。