新刊『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』(ロジャー・ニーボン著/御立英史訳、ダイヤモンド社)は、あらゆる分野で「一流」へと至るプロセスを体系的に描き出した一冊です。どんな分野であれ、とある9つのプロセスをたどることで、誰だって一流になれる――医者やパイロット、外科医など30名を超える一流への取材・調査を重ねて、その普遍的な過程を明らかにしています。今回は、一流の医師が持っている“たったひとつの力”を、『EXPERT』本文より抜粋・一部変更してお届けします。(構成/ダイヤモンド社・森遥香)

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一流の医師が持っている力

研修医時代、副甲状腺摘出手術の助手を務めたときのことだ。副甲状腺は首のあたりにある(例外もある)ホルモン分泌器官で、興味深い構造をしている。解剖学の授業で学んでいたが、実物を見たことはなかった。甲状腺の近くに位置することが多いので副甲状腺と呼ばれているが、機能的には甲状腺とは関係がない。カルシウム代謝を調節するホルモンを分泌しており、異常をきたすと摘出しなければならないことがある。通常は小さなピンク色の四つの部位から成るが、数もサイズも位置も一様ではなく、手術中に識別が難しいことで知られている。

執刀医は頸部の皮膚を切開し、内部の複雑な解剖構造を探り始めた。首には繊細な組織が密集しているので、皮下組織や筋膜、筋肉や血管などを、細い神経の枝を傷つけないよう慎重に剥がしながら展開しなくてはならない。

彼は口数が少なく、何をしているのか説明しなかったが、しばらくすると、ぼそっと「あった」と言い、そのまま剥離を続けた。私は何のことを言っているのかわからなかった。副甲状腺らしきものはどこにも見当たらなかったが、無知だと思われたくなかったので黙っていた。

だが、しばらくすると突然、彼が探していたものが見えた。その瞬間まで、私はその小さな組織の塊を完全に見逃していた。教科書で解剖学を学び、解剖実習では医学生に教え、何度も首の手術を行ってきたのに、目の前にあるものが見えていなかったのだ。

何かを「見る」ためには─真の意味で「見る」ためには─多大な努力が必要だ。目を開けて何かを視野に入れただけでは見たことにはならない。見るというのは、注意力を集中させなくてはならない能動的な行為だ。

そのような意味での「見る」という行為は、自然にできることではなく、意識的に養わなくてはならないスキルだ。たぶんそうだろうと予想するものを見つけるのではなく、実際にそこにあるものを認識するためには、思い込みを捨てて対象を見ることのできる目、学びのための長い時間、そして忍耐が必要だ。

(本記事は、ロジャー・ニーボン著『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』の抜粋記事です。)