
完全であるはずの安全システムにも思わぬところに穴がある。東急田園都市線梶が谷駅で10月5日午後11時4分に発生した営業列車と回送列車の列車衝突事故である。東急電鉄は7日の記者会見で事故時の状況を説明したが、鉄道運行においてもとりわけ専門的な分野の話であり、メディアも混乱している感がある。なぜこのような事故が発生したのか、一般人でも全体像がつかめるよう、現時点で分かっている範囲で、可能な限り専門用語を使わずに解説したい。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)
自動停止した回送列車に
時速40キロで衝突
事故のきっかけは、梶が谷駅3番線から留置線(5番線)へ、翌朝の折り返し運行のため走行した回送列車が、ORP(Over Run Protector=終端防護装置)の作動により終端部手前で自動停止したことだった。
ORPは行き止まりの線路で確実に停止できるよう、段階的に変化する制限速度を超過した場合に非常ブレーキをかける安全装置だ。当該箇所では制限速度が時速6~7キロ程度のところ、時速9キロ程度で進入したためブレーキが作動した。
これは設計通りの動作で事故の本質には関係ない。回送列車の運転士が動力車操縦者運転免許を取得過程の「見習い運転士」だったことが報じられたが、必ず経験豊富な教官が同乗しているため、中途半端な経歴の運転士よりよっぽど安全である。今回の事故に見習い運転士の運転操作は関係なく、仮にミスがあったとしても、それは教官の責任である。
回送列車は所定の23メートル手前で停止したため、10両編成全てが留置線に収まりきらず、上り本線(渋谷方面)から梶が谷駅3番線に入る線路に、最後尾がはみだして停止した。回送列車はブレーキを解除し、停止位置を修正しようとしたが、そこに渋谷行き各駅停車が3番線に入線した。
各駅停車の運転士は回送列車の位置が通常より接近していると感じ、非常ブレーキを作動したが時速40キロ超で衝突。回送列車の最後尾1両(第1台車1・2軸目)が脱線し、各駅停車の1号車から4号車の右側面が損傷した。
回送列車の「はみ出し」が小さかったこと、各駅停車が減速していたことから被害は小さく、乗員乗客にけがはなかった。不幸中の幸いである。
現地調査のため現場保存が行われたことで運転再開は7日午前0時過ぎにずれ込み、田園都市線は5日から6日にかけて渋谷~鷺沼間で591本、大井町線も二子玉川~溝の口間で516本が運休。影響人員は65万人以上に及んだ。