
待ってました、吉沢亮の登場
ここからしばし、高石あかりの演技を愛でるターンである。
2階に上がり、廊下で「どげんしよう」とドキドキしているしぐさがかわいい。部屋をそっとのぞくと誰かの背中が見えた。
この部屋の中に会いたかった銀二郎がいると思って、心臓が高鳴る。早くその顔を見たい、声が聞きたいと思うものの、勝手に急に訪ねて来て、どう思われるだろうかも気になる。松野家や自分がほとほといやで去られたと思っているだろうし……などと逡巡(しゅんじゅん)しているのが想像できる。
廊下でうろうろし、すっとのぞき窓を通り過ぎる速度がいい感じだった。
「銀二郎さんトキです」「突然すいません来てしまいました」
トキはついに思いきって声をかけるが、中にいるにもかかわらず、反応がない。
遠慮の気持ちよりも、だんだんと怒りの気持ちが勝っていき、きつく責める口調に。
かなり下手に出ていたのに、なんなのその態度!? と、がぜん上目線になっていく人間の本性。ユーモアのなかにリアリティがある。高石あかりの演技は高度だ。
「うるさい!」
突然、引き戸が開いた。
だが、乱暴に引き戸を開けて、顔を出したのは、吉沢亮だった。
20年ぶりに邦画の歴史を塗り替えて大ヒットしている映画『国宝』の主演俳優の登場に待ってました!
いや、吉沢亮演じる錦織友一だった。
『坊っちゃん』みたいな和服の下に白いシャツを着ている、明治男子感がお似合いな錦織はあっという間に襖(ふすま)を閉めるが、再び襖を開け「いま取り込み中なんだ」と説明する。
ここからはトキと錦織の軽快なやりとりを楽しむ時間。トキが銀二郎の妻だと名乗り、錦織が襖を開けたり閉めたり、「取り込み中というのは取り込み中ということだぞ」と、作者のふじきみつ彦はもう完全に手癖で書いているのか、意図して同じ単語のリフレインを繰り返しているのか気になってならない。
解釈しようと思えば、ひとつのワードを用いてディスコミュニケーションを描いていると言えるのだが。これはのちに異国人のヘブン(トミー・バストウ)とトキが互いの異文化に触れ合っていくことを思うと、言葉の意味をいちいち丁寧にすり合わせていくことを重要視しているのだろうと推察できる。