誰かがとっさに灯していたランプを消した。いくつかの記録では、火事防止のためとされている。当然、家の中は真っ暗になった。これではヒグマに対抗できない。そのため炉の中にシラカバの木皮を大量に投げ込み、これを灯りとした。ヒグマが火を恐れることを願ったのかもしれない。
同時に、ザルや座布団など周囲にあるものを手あたり次第にヒグマのいる窓に向かって投げながら、怒鳴り散らした。皆の必死の攻撃に、ヒグマはいったん怯んだ様子で窓から顔を引っ込めた。
これで去ってくれ……、そう思ったのも束の間、今度は表口に異変を感じた。そちらに目をやるとヒグマが戸のガラスに爪をかけ、今にも破ろうとしていた。
侵入を防ぐべく、Aが懸命に戸を押さえつけた。
だが、ヒグマの力を人がどうこうできるものではなかった。一瞬にして戸ごと押し倒され、Aは戸の下敷きになった。興奮さめやらぬヒグマが家の中へ飛び込んで来た。屋内は一気に狂乱の場と化した。
周囲にいた者は皆、押し入れや便所、布団の間など、それぞれが一目散に逃げ込んだ。乱入したヒグマは、興奮絶頂、辺りかまわず暴れ回った。炉の中の火など、まったく意に介さない。むしろ火を蹴散らした。
この間、Bは気が動転し、戸外へふらふらと出て行ってしまった。
その時だった。家の中を荒らし回っていたヒグマが、あっという間に戸外にいたBに襲いかかった。それを見たAがヒグマを追って戸外へと飛び出した。
「畜生、この野郎!畜生!」
Aは雄叫びを上げながら、スコップでヒグマをやみくもに打ちまくった。
だがそれも始まりに過ぎなかった。むなしくもヒグマはBを引きずり笹藪の中へと消えて行った。スコップを手に、Aは茫然と立ち尽くすほかなかった。
やがて、笹藪から不気味な音が聞こえてきた。姿は見えなかったが、Bの体を引き裂き、食い散らすヒグマの恐ろしい様子を想像するに難くなかった。
