凝然と立ちつくしていた兵隊たちの視野の片隅に可憐な姑娘のもみあげが映ったのと、また吹ききたった雪風に、その垂れがすべるようにおりたのとは、本当に一瞬のことだった。兵隊たちは、ようやくこの駕籠が嫁入りのために用意されたものであることを知ったのである。

駕籠に銀貨を投げ入れ
見知らぬ花嫁をみなで祝福

 雪の野原に咲いた緋牡丹のようなその紅の駕籠を囲んだ18人は、あまりにも鮮やかな色彩の印象と、それにもまして戦野で会った女性の刺激にたえかねた面持ちだった。

 1人の兵隊が何を感じたのか、かじかんだ手で、財布を開き、50銭銀貨(そのころの兵隊は日本からもっていった銀貨を財布の中にいれていた)を1枚つまみだして、その紅駕籠の垂れのなかへ落してやった。コロコロと音立てて銀貨がころがる。

 また1人の兵隊が、それと同じように50銭銀貨を2枚落した。兵隊たちはいつのまにか右にならえをして立っていた。

 私も加わって18人が、それぞれの祝儀をその紅駕籠におくったのである。古老をはじめ農夫たちは、しょぼついたその眼に涙を一杯ためて、何回も多謝の礼を重ねた。

書影『父の戦記』(週刊朝日編、朝日新聞出版)『父の戦記』(週刊朝日編、朝日新聞出版)

 紅駕籠はやがて覆いをとったまま吹雪のなかに立ちあがった。古老の白髯が風に吹かれて流れるようにみえた。農夫たちの衣を剥ぐ風が、裾もとから起ってきた。兵隊たちの背嚢にもさらさらと雪が降りつんでいた。赤い嫁入り駕籠は再びまっ白な平原を南の方向に向かっていった。

 ときどき立ちどまる古老や、農夫たちと交歓する兵隊たちの腕が高くあげられた。そして拳に降りつみ、吹きつく雪のとけるのを感じたのは、白一色の曠野に紅点をくぎって遠くへ去っていった嫁入行列が、吹雪の彼方に消え去ったあとだった。

 一行は再び隊伍を整え、北西、禹城への道を、吹きしぶく雪をついて、ひた急ぐのであった。

 兵隊たちの胸のなかにも、私の胸のなかにもあの紅駕籠が灯籠のように点っている。それはどんなに烈しい嵐に襲われようとも、消え去ることのない灯火である。

※本記事には、今日の人権意識に照らして不適切と思われる言葉がありますが、内容の持つ時代背景を考慮し、そのままといたしました。