雪が積もった木写真はイメージです Photo:PIXTA

雪が吹き荒れる戦場で極限状態を迎えた日本兵たちは、もはや何も考えられなくなっていた。しかし、怯える農民の一行と出会った瞬間、彼らはそのときだけ人の心を取り戻したという。太原攻略戦に参加した中山正男氏が『週刊朝日』に寄せた手記をもとに、兵士たちが見た戦場のぬくもりに迫る。※本稿は、週刊朝日編『父の戦記』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

猛吹雪での焚き火に
故郷の温かさを思い出す

 それは昭和12年の11月だった。太原攻略戦に従軍した私は一転して黄河以北の掃討戦に加わった。

 18日、晏城から禹城への道を17人の工兵隊といっしょに行軍した。

 出発してから1キロもきたかこぬかの地点で、一行は猛烈な吹雪に見舞われた。一望漠々として果てしのない河北の大平原を雪は吹きあれている。耳はちぎれ、全身の血管が凍りそうになるなかを、しゃにむに突進している私たちであった。

 方向は北西に位し、道程31キロ弱、時間にして約4時間、兵隊も私も、これ以外になにも考えていなかった。

 人気のない死滅したような村をいくつも通りすぎ、阻絶路(戦車やトラックの行動を防ぐためにつくった溝)を何本もまたいで――いったいどのくらいきたであろうか、あたりはいつの間にか枯れた高粱畑になっていた。

 ふりかえって見ると、凍りついた大地を装った白雪に私たち一行の足跡が、黒く点々と続いていた。たがいに見交わす18人の顔と顔は、どれも寒さに硬直して、笑顔にくずしても、すっかりくずれなかった。

 兵隊たちは、冷寒を身体のなかからとりほごそうと、ゴボウ剣を鎌代りにして高粱畑へとびこみ、みんな一抱えずつの殻を運んできた。風が強いので点火は何度も失敗した。