1人の兵隊が切迫した感情をおさえかねるように、「とまれッ!」と叫んだ。

 黒い影は大きく揺れてとまったが、その時、わずかにへだたる中間へ、一陣の突風が巻き起り、まるで白屏風にさえぎられたかのように、8人の影がすっかり隠れてしまった。

 その風をこぐようにして近づいていった私たちを、土下座で迎えたのは8人の農夫たちであった。どの顔にも恐怖の表情が深くきざまれている。

真っ赤な駕籠のなかから
可憐な花嫁があらわれた

 古老の1人が、うやうやしく3度の礼拝をした。その傍に置いてある一見駕籠のように見える荷物を指さしながら、何か説明の言葉を、口早につらねた。他の者は、濃紺の筒袖に腕をあわせ、古老の言葉にあいづちをうつようにいくども叩頭をかさねた。

 どの顔も純朴な農民の相である。私も兵隊も、緊張からときほぐされ、憐憫の情を覚えた。1人の兵隊が、その古老に向かって、

「わかった、わかった」

 と、いいながら、手をさしのべた。古老もはじめて真白い長髯の奥から黄色い歯なみをみせた。

 1人の兵隊は、土下座の農夫を抱きおこして、パタパタと上衣の雪を払ってやった。

 しかし、その農夫はまだ恐怖がとれないのか、ふるえながら古老の近くに寄っていった。煙草を与えてやった兵隊の好意に、多謝する農夫が、椀形の帽子をとった。一面の斑禿だった。それならなにもとらなくてもよかったのにと思った。

 3、4人の兵隊が駕籠型の荷物を円く囲んでいる。古老にその荷物の内容をたずねているのだ。あらゆるゼスチュアがつかわれている。

 古老ははじめから静かに説明していたが、どうしても意味の通じないことを知って、微笑しながら、覆いの綿布をはぐため、結び縄に指をかけた。

 粉雪が小さななだれをつくって荷物のてっぺんから流れおちた。縄は簡単にかかっていた。覆いが静かに取りはがされ、なかから現れたのは、目もさめるばかりの真赤な駕籠であった。しかも鶴模様の緞子の垂れのなかには、人のいる気配がする。

 兵隊たちは一様に息をのんだ。古老は変わることのない落着きのなかで、その駕籠の垂れを静かに開いたのである。