「思考停止した人」が資料で使う“浅い言葉”とは?
「1つに絞るから、いちばん伝わる」
戦略コンサル、シリコンバレーの経営者、MBAホルダーetc、結果を出す人たちは何をやっているのか?
答えは、「伝える内容を1つに絞り込み、1メッセージで伝え、人を動かす」こと。
本連載は、プレゼン、会議、資料作成、面接、フィードバックなど、あらゆるビジネスシーンで一生役立つ「究極にシンプルな伝え方」の技術を解説するものだ。
世界最高峰のビジネススクール、INSEADでMBAを取得し、戦略コンサルのA.T.カーニーで活躍。現在は事業会社のCSO(最高戦略責任者)やCEO特別補佐を歴任しながら、大学教授という立場でも幅広く活躍する杉野幹人氏が語る。新刊『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』の著者でもある。

「思考停止した人」が資料で使う“浅い言葉”とは?Photo: Adobe Stock

「思考停止した人」が資料で使う“浅い言葉”とは?

 ビジネスパーソンで資料を作成したことがない人はいないだろう。プレゼン資料、報告書、稟議書、いろいろな資料を作成しているはずだ。

 資料はなんのために作成するのか。それは伝えたいことを、より「深く伝える」ためだ。資料がなく口頭で伝えるだけだと相手と具体の「深い議論」ができない場面で、資料は作成されて使われる。

 しかし、戦略コンサル、事業会社、教育機関等の仕事でさまざまな資料で議論してきて、逆に「浅い議論」を生み出す資料に出くわすことがある。

 深い議論をするために作成した資料なのに、みんなが考えるのを止めさせる、いわゆる、思考停止させてしまう資料だ。

 そして、そのような資料に頻出し、浅い議論を招く「浅い言葉」がある。

「推進」を資料の一文で使うとみんなの思考停止を招く

 それが「推進」という言葉だ。多くの組織でこの「推進」という言葉が資料で使われている。

「事業を推進する」
「プロジェクトを推進する」
「施策を推進する」
「コスト削減を推進する」
「営業活動を推進する」
「効率化を推進する」
「改善を推進する」
「研修を推進する」
「導入を推進する」

 こんな感じだ。口頭で使われるよりも、資料の方がよく使われる言葉の一つだろう。

 しかし、この「推進」という言葉には中身がない。なにをしたら「推進」したと言えるのか、わからない。

 例えば、「コスト削減を推進する」はなにをしたらコスト削減を推進したことになるのだろうか?

 コスト削減を検討したら、推進したと言えてしまうのか。コスト削減が大事だと叫んだら、推進したと言えてしまうのか。コスト削減の稼働があったら、推進したと言えてしまうのか。これらがわからない。

 コスト削減が本当に大事な場面であれば、具体が大事だ。具体でどの程度の金額を削減するのかが資料に記載され、具体の削減策やそれによる期待効果も記載されて一緒に議論されると、それに異論や反論も出て深く議論できるだろう。

 しかし、「推進」という言葉を使った途端に、異論や反論は出ずに浅い議論で終わってしまう。

「推進」を使った一文は「反論可能性」と「反証可能性」を失う

 異論や反論が出ずに浅い議論になる理由は、「推進」という言葉を使った一文は「反論可能性」と「反証可能性」が失われるからだ。

「反論可能性」とは、議論で反論によって否定できる余地のことだ。当たり前の意見は正しいが反論可能性がなく、異論や反論などの議論をしようがない。「コスト削減を推進する」と言っても、コスト削減ができるのであればそれにこしたことはないので、総論では誰もそれを止めないだろう。当たり前だからだ。大事なのはどこのコストをどう削減するかといった具体であって、各論が大事なのだ。

 そして、「推進」という言葉を使うと反証可能性も失う。「反証可能性」とは、後々に結果によって否定できる余地のことだ。「推進する」のようにできたのかできていないのかを後から結果で確認しようがない意見は反証可能性がなく、これも否定しようがないので議論しようがない。

 こうして、「推進」という言葉を使うと「反論可能性」も「反証可能性」も無くなるので、異論や反論が出ようがなく、議論がそこで止まり、みんなの思考が止まる。いわゆる思考停止を招いたりするのだ。

「推進」という言葉を資料で使うのは止めよう

 資料で「推進」するという一文が頻出するのは、なによりもその資料の一文を作った人が思考停止してしまったからだろう。

 資料を準備しているときに、なにを言うかの具体のアイディアがまだないときに、そして、まわりから異論や反論を受けるのが怖いときに、そこで使ってしまうのだろう。

 しかし、そのように「推進」という言葉を使うと、考えることの「打ち止め」になってしまう。自分の思考停止だけではなく、まわりの思考停止を招いてしまう。それは「深く伝える」ことで「深い議論」をするためにある資料においては、本末転倒になってしまう。

 資料での一文では、「推進」という言葉を使うのは止めよう。もし「推進」という言葉を使いたくなったら、むしろ、チャンスだと思おう。

 そこで考えるのを打ち止めにして「推進」という言葉を使うのではなく、「推進」の具体をとことん考え抜いてそれを言語化できれば、みんなと「深い議論」ができる資料が出来上がるからだ。

 たかが一行、されど一行。言葉とは、伝えるだけではなく、みんなの思考や議論を深めることができるものなのだ。

【訂正】記事初出時より以下のように修正しました。読者の皆様にお詫びいたします。
修正前「大事場面」→修正後「大事な場合」
修正前「後から結果を確認しようがない意見は反証可能性がなく、これも否定しようがないので議論しようがない。」→修正後「「推進する」のようにできたのかできていないのかを後から結果で確認しようがない意見は反証可能性がなく、これも否定しようがないので議論しようがない。」
(2025年10月29日10:15 書籍オンライン編集部)

(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)