世界的ランニングブームの波に乗り
アシックス、On、HOKAが主役に!
そして、アシックスやOn、HOKAの躍進を決定づけた、3つ目の要因が「コロナ禍」だったと、風早さんは指摘する。世界中がステイホームを余儀なくされ、多くの活動が制限されたことで、人々は身近な運動を求めた。人との接触が少なく、個人で手軽に始められるスポーツとしてランニングは非常に手頃だったのだ。
「コロナ禍で世界のランニング人口は増加しました。東京マラソンが人気を集めていたように、コロナ以前からランニング人口は増加傾向にありましたが、コロナ禍はそれを世界レベルで一気に加速させたのです。新しくランニングを始めた人々が『良いシューズはないか』とSNSで探した時、そこにはすでにOnやHOKA、アシックスの魅力的な情報が溢れていた。製品力があり、それを届ける経路(プロモーションと販路)があり、そこに巨大な需要が生まれた。この3つが同時に噛み合ったのです」
ナイキやアディダスにはない
アシックス独自の強みとは?
では、なぜナイキやアディダスは、この巨大な「新しいメディア」と「ランニングブーム」の波に乗れなかったのか。風早さんは、その理由を「旧来の成功体験があまりにも大きすぎた」ことが、足かせになったのではないかと分析する。
「ナイキやアディダスは、高額な予算を投下するマス広告に最適化されてきた組織です。一方、アシックスやOn、HOKAは、もともとマーケティング予算が限られていた。だからこそ、製品の良さをダイレクトに、かつ低コストで伝えられるSNS戦略を磨き上げ、それが結果的に時代の主流となったのです。さらにアシックスは、販路戦略も卸売中心から自社直営(DtoC)とのバランスを取った体制へと転換。ダイレクトマーケティングとの相乗効果を一段と高めました。」
さらに風早さんは、各社の「戦略的優先順位」の違いも指摘する。
「ナイキは様々なジャンルの製品を展開していますが、中心はバスケットボールと言えます。同社にとってランニングは数あるカテゴリーの一つにすぎず、経営資源を重点的に投下する分野ではなかったのです」
それに加えて、風早さんはアシックスの強さを語るうえで、「絶対に外せない資産がある」と指摘する。それが、4つ目の要因となる、世界的にも人気を集めるブランド「Onitsuka Tiger(オニツカタイガー)」の存在だ。
「アシックスがいま優位に立っているのは、『オニツカタイガー』という強力なブランドを持っている点も大きい。これはOnやHOKAにはない、アシックスならではの強みです」
風早さんによれば、現在のスニーカー市場は大きく二極化している。ひとつは、アシックスの「GEL-KAYANO(ゲルカヤノ)」などに代表される“高機能性”を追求する市場。もうひとつは、ラグジュアリーブランドがしのぎを削る“ファッション”市場だ。そのなかでオニツカタイガーは、この二つの間に位置する独自のポジションを確立しているという。
「ラグジュアリーブランドのスニーカーは価格が高すぎますし、かといって安価なスニーカーでは満足できない層も多い。オニツカタイガーはファッション性が高く、ブランドとしての格もありながら、比較的手が届きやすい。そんな競合の少ない絶妙な“スイートスポット”を突いています」
このオニツカタイガーの存在が、機能性を追求するアシックスブランドとは異なる、“ファッション”という第二の強力なエンジンとして機能しているのだ。
「アシックスは、機能性とファッションという二つの市場を両輪で回せている。この二本柱の経営が確立し、それがうまく機能していることが、アシックスの企業価値をより強固なものにしています。特に中国をはじめとするアジア市場やヨーロッパでは、オニツカタイガーの成長余地がまだ大きいのです」
そして風早さんは、この数年間に起きたスニーカー市場の変化を次のようにまとめる。
「SNS時代になったことで、本当に良い製品をつくり、それをうまく発信できれば、消費者にダイレクトに届くようになりました。アシックスやOn、HOKAは、もともと高い商品力を持っていた。そしてその価値を、SNSという新しいメディアを活用し、コロナ禍で生まれた新しい顧客層に的確に届けることができたのです」
アシックスの成功は、日本の製造業が持つ高い技術力を、どのように現代の消費者へ届け、ブランド価値へと転換していくか。その可能性を示す好例だと言えそうだ。
本記事は2025年10月30日時点で知りうる情報を元に作成しております。本記事、本記事に登場する情報元を利用してのいかなる損害等について出版社、取材・制作協力者は一切の責任を負いません。投資は自己責任において行ってください。







