世間では清掃労働者への差別は根強く残っていて、完全に払拭されてはいないだろう。日常に不可欠な仕事であるとわかっていても、心のどこかで知らず知らずのうちに〈下〉に見ている。「ゴミ屋」という呼びかけにはそんな心の一端がのぞいたような気がしたのだ。

 私はそれまでたまに家でトイレ掃除をするくらいで、公衆トイレの掃除などしたことはなかった。誰もが使うトイレを掃除することに最初は抵抗があった。

 東京ディズニーランドのトイレはひんぱんに清掃されていて、かなりきれいに保たれているとはいえ、便器に大便や陰毛がこびりついていたり、床に小便が飛び散っていたりする。

 大便器は小さくなったトイレットペーパー(「くずペ」と呼んでいた)と殺菌剤を使って清掃する*。便器の正面に座り、殺菌剤をかけながら、トイレットペーパーで拭きとっていく。便器に顔を近づけて汚れを確認しながら行なう。ピカピカに仕上げるため、力も必要となる。

 最初は人目も気になった。小便器の掃除では、すぐ隣で用を足している人もいて、そのすぐ脇で便器を磨くことになる。

 しかし、便器の汚さや人目が気になったのは最初の数日だけだった。慣れもあるが、ひとつの仕事として向き合って集中すると、汚れや人目は気にならなくなった。

 この仕事につくまで、私も清掃業の人たちのことをとくに気に留めていなかった。差別意識もなかったが、同時にあいさつすることも謝意を示すこともなかった。実際、カストーディアルキャストをしていた8年のあいだ、レストルームでゲストから「ありがとうございます」「お疲れさまです」と声をかけられたのは各1回ずつだけ*だった。