暑さで倒れた山田洋次監督の
枕元に膝をついて
山田 よく覚えているのは、最後になった第48作『男はつらいよ 寅次郎紅(くれない)の花』の撮影中のことです。奄美大島でロケーションがあって、もう秋口だったけれど、向こうはいつまでも暑いですからね。
黒柳 ええ。
撮影:下村一喜
山田 僕は先乗りして、ロケーションハンティングだとかをしていた。そしたら、昼間暑い中あちこち歩き回るものだから、めまいがしてね。ふらふらと倒れてしまったんです。病院に行って点滴でもしたらすぐに治るんだけども。その晩に、渥美さんが東京から到着したんです。僕が部屋で寝ていたら、渥美さんが「ごめんください」と障子を開けて入ってきてね。彼が僕の部屋に来るなんて、滅多にないことでね。
黒柳 そうですか。
山田 そういうことしない人ですから、あの人は。それでも、その時は訪ねてきた。そして枕元に膝をついて「大丈夫ですか」と聞くから、「もう大丈夫。十分回復したから大丈夫ですよ」と言ったんです。
黒柳 はい。
酸いも甘いもわかっていた人の
いたわりの気持ち
山田 そしたら、しばらく黙っていてね。それから口を開くんです。「山田さんは、まだまだこれからたくさん良い映画を作らなきゃいけない大事な人なんですから、どうぞ体を大事にしてください。大切にしてください」と。そう言ってね、すっと立って出ていった。
黒柳 そんなことを言ったんですか。
山田洋次・黒柳徹子『渥美清に逢いたい』(マガジンハウス、2024年9月5日発行)
山田 ええ。そのときの言葉、声のボリュームというか、声の調子といいますか。すべてが強烈に残っていますね。なんだろうな。こういう人が僕のそばにいてくれたら、いつでも“安心立命”できるというのかな。
たとえばね、今際(いまわ)の際になった僕のそばに渥美さんがいて、僕の手を握って「山田さん、大丈夫だよ。僕もすぐそっちに行くからね」と言ったら、僕は「そうかい、待ってるよ」と言って、安心して目を瞑(つむ)るだろうと。そんな気持ちすらしたものですね。渥美さんの後ろ姿が、偉い宗教家のように見えました。
黒柳 本当に心配だったんでしょうね、山田さんのことが。
山田 いたわりの気持ちみたいなものを、うわーっと感じました。あの人にしかできないことですね、それはね。
黒柳 酸いも甘いもわかっていた人という感じがしますものね。それが、最後の映画を撮っている時のことだったんですね。
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