「日本のサイバーセキュリティは遅れている」と言うべきではない
秋山 こうなると、サイバー犯罪は立派に産業化しているんですね。
松原 おっしゃる通りです。金銭目的のサイバー犯罪だけで世界第3位の経済規模になっています。アメリカと中国のGDP(国内総生産)に次ぐ規模で、日本とドイツのGDPを合わせたものより多いのです。
しかもこの数字は、犯罪者による被害額のみであり、国家が行う知的財産情報の窃取による市場競争力の低下や、重要インフラサービスの一時停止被害は含まれていません。私たちが汗水垂らして生み出した企業価値と資金が、サイバー攻撃によって大打撃を受けているのです。
秋山 発覚しているものだけなので、水面下の被害はもっと巨額であると。防御側もAIを活用できるのでしょうか。
松原 AIや生成AIを活用したサイバー攻撃の検知など、防御策の一部自動化が進められています。
秋山 生成AIで自分の仕事がなくなる心配もしなくてはいけない中、生成AIでサイバー攻撃のレベルも上がっているとなると、本当に大変な世の中になりましたね。
松原 ただ、日本は自国のサイバーセキュリティ能力について、いたずらに自信を失わないでほしいのです。これだけAIやディープフェイクを悪用したサイバー攻撃が増えていますが、それぞれの会社のサイバーセキュリティの担当者が頑張っているからこそ、かなりの被害を防げています。
担当者たちが日々サイバー攻撃と闘い、被害を防止し、大事に至らなかったからこそニュースになっていない。私たちの日々の業務は、サイバーセキュリティの担当者に本当に多くを負っています。
「日本のサイバーセキュリティは遅れている」という言説は、99%のサイバー攻撃を防いできた人たちのやる気を削ぐものです。
縁の下の力持ちのサイバーセキュリティ人材をどう支援しつつ、私たち自身のリテラシーや能力を高めていくかを議論した方が前向きですし、実践的です。
誰もが日々忙しい中で、ウクライナの戦争やサイバーセキュリティ対策と言われても、遠い話に聞こえるかもしれません。しかし、いずれも日本の経済力、国力の強化に直結している課題です。だからこそ、広い層に関心を持っていただきたいと強く願っております。
秋山 今日は貴重なお話をありがとうございました。
まつばら・みほこ/NTT株式会社 チーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト。早稲田大学卒業後、防衛省にて9年間勤務。フルブライト奨学金を得て、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に留学し、修士号取得。パロアルトネットワークスのアジア太平洋地域拠点における公共担当の最高セキュリティ責任者兼副社長などを歴任した後、現職。サイバーセキュリティに関する情報発信と提言に努める。著書に『サイバーセキュリティ』(新潮社、大川出版賞受賞)、『ウクライナのサイバー戦争』(新潮新書、サイバーセキュリティアワード書籍部門優秀賞)、『ウクライナ企業の死闘』(産経新聞出版)。
(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)







