目をそらした瞬間に
襲いかかってくる

「すぐに動かない」「目をそらさない」

 モリさんが真っ先に口にしたのはこの二つだ。

「クマと遭遇したら、もうその瞬間が勝負。絶対に目をそらさないことだ。目をそらしたら、向こうは『勝った』と思って襲ってくる。喧嘩(けんか)と同じなんだよ」

 まずはクマの目を見る。クマの目をしっかり見据えたまま、ゆっくり、静かに後ずさりすることが大事だという。

 また、傘をバサバサと開閉しながら頭の上で振り回すのも効果的だ。要は、自分をできるだけ大きく見せ、「容易に近づけない存在」と印象づけることで、攻撃を防げる可能性が高まるというのだ。

 やがて、少しずつ距離が取れてくると、クマのほうが先に視線を逸らすことがある。それは、クマが自分の逃げ道を探しているサインだ。安全な方向を見つけたと判断すれば、クマの方から逃げていく。

 それでは前述のように声を出して威嚇したほうがいいのだろうか。

10m以上距離があれば
人の大声にクマがひるむ場合も

 先述の犬の散歩中の襲撃例のように10m以上距離があれば、歯を見せて声を張り上げるとひるむ場合もあるという。ただし、これまでは、ある程度の距離があったときの対処法。およそ10mより近い距離で鉢合わせた場合は、決して大声を出してはいけない。

「至近距離で大声なんて出したらすぐ追っかけてくるよ」

 至近距離で出会ってしまったら、「人間にできることはほとんどない」とモリさんは断言する。走って逃げたところで、ツキノワグマは時速40㎞、ヒグマは時速60㎞で走るため、あっという間に追いつかれてしまうだろう。攻撃されるのか、されるとしてどの程度なのか――それはクマ撃ち猟師にもわからない。

「遭遇時のクマの気分や状態次第だから、どうなるかはわからない。学者だってわからねぇと思うよ」

 岩手県岩泉町で山菜採りを生業とする佐藤誠志さんが、山中で親子連れのクマに襲われたのは2024年のこと。日々山に分け入り、常にクマの存在を意識していた佐藤さんだが、いざ実際に鉢合わせた瞬間は、冷静ではいられなかったという。