彼の勧めで神奈川県川崎市に引っ越し、結婚して家族3人の生活が始まった。先の見えない避難生活から、配偶者を得たことで日本での生活の基盤ができたのだ。そんな経緯で、結婚をした年の12月にアリサが私の娘が通う保育園に転入してきたのだった。
園長の堀さんは当時の思い出を語ってくれた。
「川崎市から受け入れの要請があった時、保育士たちと話し合って、言葉がわからなくても温かく受け入れましょうということになりました。最初は私と2人で絵を描くことからスタートしたのですが、アリサちゃんは園児たちともあっという間に打ち解けました。子どもたちには幸せな未来を作る人になってほしいという願いがあります。
アリサちゃんが来てから、“困っている人がいたら助けてあげる”という意識が子どもたちに芽生え始めています。アリサちゃんが私たちに気づかせてくれたことは、とても良い機会になったと感謝しています」
幼いアリサの心に
染みついた恐怖と憎しみ
ある日、子どもたちが国旗と国旗をマッチングして遊ぶゲームをしていた時にアリサがロシア国旗を凄い勢いで『これ嫌い!』と投げ捨てたことがあった。上空を飛ぶヘリコプターの音も恐れるアリサに、幼い心に憎しみや恐怖が染みついているのだと思わずにはいられなかった。
「保育園は家庭的な雰囲気で、特にママ先生(堀さん)はとても優しくしてくれました。アリサはコミュニケーション能力が高いので、心配はありませんでした」
ユリアはサポートしてくれた堀さん、保育士、同じクラスの保護者に感謝している。卒園後に小学生になったアリサから送られた感謝の手紙を、堀先生は今も大事に保管している。
アリサが卒園後、ユリアには夫との間に男の子のレオが生まれた。小学2年生になったアリサは市内の公立小学校に通っている。1年ぶりに再会してまず驚いたのは日本語が上達していたことだった。私は校長先生に頼んで授業風景を見せてもらうことにした。







