「アリサが生まれたこともあり、私はただ両親と交流を持ちたかっただけなんです。私は母に二度も捨てられました。子どもが欲しくなければ産まなければよいのに、産んで捨てることが理解できません。私は絶対にそんな母親にはならないと胸に誓いました」
私も2歳の時に父が家を出て母が祖母に私を預けて働きはじめたので、その苦労は想像できた。
安全な場所を求めて
6600kmのドライブ
2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻した。この日の前日、ユリアはロシアのベルゴロドに住んでいる祖母の友人に電話をしていた。
「『一日中、軍の飛行機やヘリコプターが飛び交って、装甲車がたくさん走っている。何か起きるに違いない』と教えてくれました。ベルゴロドからハルキウ中心部までは僅か20kmしか離れていません。翌朝4時に家や窓ガラスの揺れる音がして、戦争が始まったのだと思いました」
この時ユリアは、ハルキウ中心部のアパートに事実婚をしたパートナーとアリサと3人で住んでいた。ミサイルが頭上を飛ぶ中、人々はパニックを起こし、道路は渋滞、ガソリンスタンドには長蛇の列ができた。“数週間でまたハルキウに戻れるだろう”と考えて家財道具の大部分を家に残し、身の回りのものだけを持ってアリサを連れ、車でウクライナ西部へと避難した。
避難後、ユリアたちが住んでいたアパートはミサイル攻撃で破壊されている。タマラさんはハルキウに残ったが、ロシア軍の攻撃が激化したことで、3月7日、別の孫に連れられてポーランドへ避難した。
侵攻後に制定された法律で成人男性は出国禁止となった為、パートナーはウクライナに留まり、その後に徴兵され戦場へ送られたという。ユリアは車で祖母や従妹が住むポーランドへ向かった。
ポーランドからはユリアの運転でドイツ、チェコ、スロヴァキアへ行き、現地の赤十字で住む為の条件、生活支援など情報収集をしたものの、定住したいと思う国はなかった。2週間の走行距離は何と6600km!ハルキウ近郊しか運転したことがなかったユリアには大冒険だ。娘を危険から遠ざけ安全な場所で育てたいという願いがあればこそだ。







