昼食をすませたフミと私は、そこから小田切の沢へ下って沢沿いや左岸のヒラを捜した後、陽が落ちて薄暗くなった径をたどり、帰途についた。
連れ帰ったアンコは翌日
キューンと細い声で鳴き……
帰宅するとすぐ、私は妹の実子と敏子の2人に付き添って、川上まで出かけた。用事が済んで家の近くまで戻ってきたとき、暗い道の真ん中に、ぼんやりと何か白っぽいものがうずくまっているのが見えた。
「兄ちゃん、何かいる、あっ動いた」
と言って、2人の妹が左右から私にしがみついた。すると、その白っぽいものはこちらへ近づいてきて、私の足元に体をすりよせた。それが、今日一日あれほど捜し回っても見つからなかったアンコであることは、すぐに判った。
「アンコ!お前、どこにいってたんだ、今日はフミと2人で一日中、捜したんだぞ」
と声を掛けながら、軽く頭を叩いてやった。クーンと消え入りそうな声でアンコが鳴いた。
『羆吼ゆる山』(今野 保、山と渓谷社)
アンコの頭に手が触れたとき、何か液状のものにさわったような気がした。すぐに家に連れ帰って灯の下で見ると、真っ赤な血が手にべっとりとついていた。そしてアンコの頭は、耳の付け根から鼻柱にかけてザックリと割れて肉がはじけたように盛り上がっており、そこから相当多量の出血があったものと見受けられた。
思えばあのとき、父と私の姿を認めて一段と激しく攻めかかったアンコだったが、熊の振るった前足の鋭い爪を、もろに頭に受けてしまったのである。これほどの深手を負わされては、狂ったように走り去るのも無理からぬことであったろう。
傷薬を塗って手当てをしてやり、それから私はアンコを背にしっかりとおんぶして、伊藤の、フミのところへ連れていった。
庭の片隅に寝床を作り、そっと寝かせてから、叔母とフミがつくった餌を与えてみた。アンコはピチャピチャと舌で少し舐めただけであった。
そして翌日、薬を持ってもう一度手当てをしてやるつもりで行った私の手や、叔母やフミの手を舐めていたアンコは、昼近くになって、キューンと一声、細い声で鳴きながら、ついに息を引きとってしまった。







