左側から激しく攻める四郎に手こずっていた熊は、右の脇腹を攻めにかかったアンコには振り向くいとまもなく、ただ大きく右の前足を振った。その前足がさっと跳び退いたアンコの頭を引っ掻いた。
父の銃弾で熊は倒れたが
アンコは山奥へと消えた
その場をしりぞいたアンコは、くるくるとせわしなく回っていたが、突然、頭を激しく振り、声もたてずに飛び跳ねながら、狂ったように走りだし、後ろを振り返りもせず、一散に斜面を駈け上がって、山の奥へ消えてしまった。
今度は正面からチョコが、左からは四郎が、そして右からはアンコに代わってノンコが攻めかかった。
襲っては離れ、離れてはまた襲いかかる犬たちの攻勢をひとまず回避しようというのか、熊は急に身をひるがえし、一瞬後、背後の切り株に上った。こうなれば、弾が犬に当たるのを気遣って射撃を手控える必要はない。父は即座に銃を構え、引き金をひいた。
倒れ臥した熊の四足を縄で縛り、棒を通して肩を入れてみると、それは2人でどうやら担げそうな重さであった。
途中で何度も小休止をとりながら、一里あまりの道を松本さんの家(編集部注/地元の農家)まで運び、そこで馬車を仕立ててもらって家まで搬送した。すでに暗くなっていたので、解体は明朝から行なうことになった。
その夜遅くまで、私たちはアンコの帰りを待っていた。だが、深夜になってもアンコは戻ってこなかった。
次の日は朝早くから熊の解体とヤマドリの処理が始まったが、私はそれを皆にまかせて、アンコを捜しに昨日の沢へ出かけることにし、銃を背に家を出た。1人よりも2人のほうが広く捜せるであろうというわけで、従姉妹のフミが私についてきた。
アンコは、フミがたいそう可愛がって育てた犬であった。捜しにいくならどうしても自分を連れていって、とフミは自ら申し出た。父も叔父もフミの心情を酌み、「1人よりも2人のほうが……」と言い添えて、同行を認めたのである。
2人は峰からヒラ(編集部注/ヒラマエを略した言い方で、斜面の意)へと下り、別の小沢へも足を向け、辺り一帯をくまなく探索した。だが、アンコの行方は杳として知れなかった。







