急斜面からその径に降り、ところどころに穴ぼこのできた足下を選びながら、私たちはなおも下っていった。

 犬たちはすぐ間近で吠えていたが、それはどうやら右から入り込んでいる小沢の辺りと見受けられた。その小沢は、入口は狭いが、少し入ったところに広々とした湿地帯を形成しており、湿地帯はクマウバユリの自生地となっていた。

攻撃に出た犬の頭を
熊の前足が引っ掻いた

 入口から湿地帯に足を踏み入れると、犬の声は上手の、沢筋を左に曲がったカーブの辺りから聞こえてくるものと思われた。

 湿地の山裾に背負い袋を下ろして身軽になった2人は、一歩一歩、前方を確かめるようにして、そのカーブを回っていった。

“いたっ”。

 曲がり角から20メートルほど先の左の山裾に、古いカツラの大木の切り株を背にして1頭の熊が坐り込み、前足を大きく振り上げて、激しく吠えかかる犬に対抗していた。熊としてはそれほど大きなものではなく、4、5歳の若熊と思われた。

 その辺りは沢が開けていて、犬が攻撃を仕掛けるのに充分の広さがあり、右から左から代わる代わる熊に攻めかかる犬たちの動きに、私たちはしばし目をみはっていた。

 一帯の山は炭木を切った跡で、熊が上れるような立ち木はない。追いつめられた熊は、やむなくカツラの切り株を背に坐り込んだものと見受けられた。

 だが、攻撃する犬にしてみれば、それはきわめて都合の悪いことであった。犬は、常に熊の背後から攻めかかり後足に噛みつくのを最も得意な戦法にしているが、このように後ろ楯を取って坐り込まれては、前か横から攻めるしか手立てはない。

 横から攻めては前へ回りつつ、4頭の犬は交互にめまぐるしく攻め立てていった。熊は、犬たちに気をとられているらしい、私たちが接近しているのに気づかぬまま、ひたすら前足を振って犬を追い払うのに躍起となっている。

 父が銃を持ってゆっくりと右の斜面に登ってゆき、私は左の斜面に上がった。そのとき、私たちの動きに気づいたアンコが一段と猛り立って攻撃に出た。