沢造は農屋のアイヌ人集落(★☆★☆★清談社様宛て:「アイヌ集落」に変更可能でしょうか★☆★☆★)に住む毛皮猟師で、身の丈六尺(1.8メートル)の偉丈夫であった。私たちとはその後しばしば川歩きを共にし、後年、コイカクシュの支流・ベツピリカイ川で、釣りをしていた私が危うく激流に呑まれるところを助けてくれたこともあった。

 山小屋に一緒に泊まると、沢造は毎夜のように、猟にまつわる話や羆、オオカミ、シカといった野獣の話などを聞かせてくれた。黒い髭に覆われた口から訥々と語りだされる奇譚の数々に、少年の私はいつも、じっと耳を傾け、胸を震わせていた。

ニワトリの脂身を多めに持って
山に入る理由

 沢造は、猟をするために山に入るときは、ニワトリの脂身を多めに持ってゆき、川の流れにつけて血抜きしたウサギの肉をこの脂で焼く。するとウサギの肉はニワトリの肉を焼いたようになって、いい匂いが染み込む。これを餌にすると、まず、どんなキツネも喰いついてしまう、という。

 それでも罠に掛からないキツネには、羆に使う口発破(編集部注/爆発物を仕込んだ餌を撒いて肉食獣を爆殺する猟法。現在では違法)の小型のものを噛ませる。この口発破は、塩素酸カリウムと鶏冠石(砒素の硫化鉱物)にセトモノの細片を入れて調合するのだが、これらを混ぜ合わせるのはきわめて危険な作業となる。

 さて、猟場を一回りした沢造は、獲物を入れた背負い袋を背にして帰途についた。そして、一番楽しみにしていたイワナ沢の例の一本橋の近くまで戻ってきたとき、橋の上に置いた弓張り仕掛けのハネ罠に、見事な黄テンが掛かっているのを見つけた。

 今日はすでに、茶の毛色のテンを2匹得ていたが、これほど見事な色合いの黄テンは滅多に捕れない代物なので、沢造は思わずほくそ笑んで橋に駈け寄った。背の荷物を崖っ縁の雪の上におろし、一本橋の上にそろりと足を踏み出した。針金で首を絞められた黄テンは、すでに固くなって、仕掛けた弓の先にぶら下がっている。

 そこに近寄って首の針金を外し、テンを持ち上げて立ち上がったとき、不覚にも足元がぐらついてよろけてしまった。沢造は咄嗟にクルリと体の向きを変え、崖っ縁に飛んだ。

ウォーッと吼え声を上げて
熊が襲いかかってきた

 すると、そこに積もっていた雪がぱっくりと割れて、大きな雪の塊りが沢造の荷物を乗せたまま崖下のイワナ沢に落下し、ドスンと音をたてた。

「ありゃー、荷物まで落ちてしまった。しょうがねえなー、沢の入口から回らねばなんねえか」