沢造は舌打ちしながら左手の斜面に向かった。そうして本流であるベツピリカイ川の岸辺にいったん降り、そこから右岸伝いに下ってイワナ沢に出合いから入り、右側の崖の下を歩いて、荷物の落ちている上流に向かった。

 高い崖の下に雪が砕け散っているところがあって、荷物はそこに雪まみれになってころがっていた。その荷物に手を伸ばしかけたとき、後ろの方で妙な物音がして、沢造の背にゾクリと寒気が走った。

 はっとして振り返ると、崖下の窪みから落葉と雪を蹴散らして一頭の熊が飛び出した。

 沢造が左手に掴んでいたテンを荷物の方へ放り投げたとき、ウォーッと一声、腹に突き刺さるような吼え声を上げて熊が立ち上がり、沢造めがけて襲いかかってきた。

 素速く身をかわした沢造は、右手で腰に下げた刺刀を抜いた。そして、二度目に立ち上がった熊が両前足を振り上げて威嚇の声を上げながら今まさに飛びかかろうとする寸前、その腹にパッと抱きついた。

 熊の腰のあたりに両足をからませ、脇の下から両腕を回して背中の毛を手でしっかりと掴み、頭を熊の顎の下に押しつけた。

 熊は、なんとかして沢造を振り落とそうと蜿(もが)き、ウワッ、ウワッと短く吼えながら川岸の雪の上を跳ね回った。振り落とされれば命にかかわるのは目に見えている。

 沢造は懸命に熊の腹にしがみつきながら、右手の刃渡り30センチ近い刺刀を熊の心臓に突き当て、突き刺し、柄まで押し込み、なおもグイグイと力にまかせて刀を抉り上げた。

心臓を突き破られた熊は
狂ったように暴れだした

 傷口から鮮血がドッとほとばしり、辺りの雪を真っ赤に染めた。刺刀の切っ先で心臓を突き破られた熊は、狂ったように跳ね回り、暴れだした。

 沢造は落されまいと手に満身の力を込めてしがみついていたが、血まみれの刺刀の柄がぬるりと滑って右手が外れた瞬間、熊が大きく横に跳び、からめていた足が外れ、さらに背中の毛を掴んでいた左手も離れ、ついにその場に振り落とされた。

 そしてすぐさま身を起こし、崖下の大岩と岩壁の間の狭い隙間に目をつけるやいなや、一瞬後にはそこに潜り込んでいった。