『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社
さまざまなメディアで取り上げられた押川剛の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズの力で完全漫画化!コミックバンチKai(新潮社)で連載されている『「子供を殺してください」という親たち』(原作/押川剛、作画/鈴木マサカズ)のケース9「史上最悪のメリークリスマス」から、押川氏が漫画に描けなかった登場人物たちのエピソードを紹介する。(株式会社トキワ精神保健事務所所長 押川 剛)
家族を支配しようとする父親と心を病んだ端正な顔立ちの娘
今回のケースは、クリスマスの時期になると毎年、思い出す依頼である。
依頼をしてきたのは、心を病んでしまったという黒澤美佐子(仮名)の父親で、東海地方で校長をしている人物だった。事務所のスタッフである実吉(仮名)の「知り合いの知り合い」からの依頼ということだった。漫画では構成の都合上オンライン相談の描写になっているが、実際には私も会っている。
父親の第一印象として、「校長をしているというわりに、老獪な政治家みたいだな」と思ったことを覚えている。
昔は学校教師というと、どこか世慣れしていない雰囲気があったと思う。ところがこの父親は、私が席に着くなり、「何を飲まれますか」とその場を支配するような振る舞いをした。そういった身のこなしが、やけに板に付いていると感じた。
私は頭の片隅で、「油断ならないな」と思った。というのも、当時の私と彼では年が30歳近く離れている。舐められてはいけないと、あえて北九州仕込みの「素」を出して対応した。
すると父親は一転して、「ケーキもどうですか」と接待めいたコミュニケーションをとってきた。状況に応じて“大物感”と“小物感”を出し入れできる瞬間を、垣間見た気がした。
今では異なるかもしれないが、昔は校長ともなると、地域からも一目おかれる存在だった。特に地方では、社会的地位にふさわしい立派な人物だとみなされる。
この父親は、そういった「見え方」を存分に利用してうまく世の中を渡ってきたのだろうと思われた。娘・美佐子のためだけにファミリー型分譲マンションの一室を買い与えていることも、そう考えた理由だ。
その後、移送対象者である娘の写真を見せられたとき、私は息をのんだ。ちょっとした女優のように、端正かつ知性を感じさせる顔立ちをしていたのだ。造形だけでなく醸し出す雰囲気も、父親とは似ても似つかない。
私は、父親から狡猾さを感じていたこともあり、よけいに彼女が心配になった。
隣に座る母親は、父親にすべてをコントロールされ、支配下に置かれている状態であるのが見てとれた。結婚してもう何十年もその状況にあったのだろう。
父親の考えを全面的に支持しているわけではないが、決して自分の意見は言わない。とにかく父親の意向を全力でまっとうしようとする、固い決意だけがそこにあった。
保健師に自宅訪問を依頼すると提案した際、母親は苦渋に満ちた表情ながらも、受け入れた。今思えば、父親の意向に反するほど、母親自身も追い詰められていたのだろう。
世間ではいつからか、「自分の人生は自分のもの」と、好きに生きることが最良といわんばかりの価値観がまかりとおっている。
しかし実際には、人生なんてコントロールできるものではない。ましてや自分以外の人間の人生など。それにもかかわらず父親は、自身の娘や妻を思うとおりに支配しようとしていた。
このような家庭環境では、美佐子は相当に厳しい病状を背負っているだろうと想像がついた。だからこそ「必ず助けなければならならない」と強い使命感を感じてしまったのだ。もちろんこれが「史上最悪のクリスマス」という事態にまでなるとは、露ほども思っていなかった。
現代社会の裏側に潜む家族と社会の闇をえぐり、その先に光を当てる。マンガの続きは「ニュースな漫画」でチェック!
『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社
『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社







