一方、「0からプラス」の例が、純粋に教養を授けるタイプの書物だ。読めば何らか有意義であり、知的興奮を得られたり、文学的・芸術的愉悦を味わえたり、人生の視野が広まったりはするが、目前に迫った世俗的な危機を直接的に回避する性質のものではない。

 心理学では、人が「0からプラス」を志向することを「接近的動機づけ」、「マイナスから0」を志向することを「回避的動機づけ」と呼び、接近的動機づけより回避的動機づけの方がモチベーションに与える影響が強いことが知られている。

 つまり、先ほどのお役立ち情報ポストに当てはめると、以下のようになる。

「知っていると得する(から知りたい)」
=0からプラスを志向
=接近的動機づけ→読むモチベーション:低

「知らないと損する(から知りたい)」
=マイナスから0を志向
=回避的動機づけ→読むモチベーション:高

 相席ブロックにも、「実行しなければ損をしてしまう=マイナスから0を志向」という回避的動機づけが強く働いている。相席ブロックをしなかったばかりに、快適であったはずの数時間をみすみすドブに捨ててしまった、などという「損」は絶対に回避したい――という心理を突いているわけだ。

倫理観の変化と「賢さ」の定義

 自分の相席ブロックによってバス会社の売り上げが減ってしまうとか、それによって席が取れず困る人が出てくるといった、「他人が被る具体的な不利益」が相席ブロッカーの心を痛めることはまずない。それほどまでに回避的動機づけの威力は大きいのだ。

 誰かの不利益を想像するかどうか以前に、人としてのマナーや倫理の問題ではないか、と嘆く人もいるかもしれない。しかし、マナーや倫理は往々にして時流が決める。場所によっても変わる。

 たとえば、「メールやメッセージによる仕事依頼」はかつて失礼な行為とされ、直接会うか電話で直に真心を込めてお願いしろと言われていた。しかし今や、多くの業界で電話は「相手の仕事を強制的に中断し、時間を奪う失礼な行為」になっている。