それ以外に、不起訴にする場合には、検事はあえて調書を作成しないことがある。
不起訴にするのに調書を作成するのは意味がない。限られた時間を効率的に使いたい検事にとって無駄な労力だ。
しかし、不起訴にするにしても、取調べ状況報告書を作り、その中に被疑者とのやり取りを記載しなくてはならない。
テレビドラマの世界では、取調べで被疑者が認めて一件落着、検事や捜査員が酒を酌み交わす場面があるが、現実は全くそうではない。
一件落着どころか、取調べの後、検事には何本も調書を作らなければならないという気の遠くなるような過酷な作業が待っている。
どんなに取調べが上手くいっても、供述内容を調書にしないと裁判で証拠として使えないからだ。
検事にとって、取調べをすることや記録を読むことはさほど苦ではない。むしろ、そのこと自体に生き甲斐を感じる検事の方が多い。
しかし、問題は、取調べの内容を供述調書にすることに相当の時間と労力、エネルギーが必要であり、これが大変な重労働であることなのだ。
検事にとっての二重のストレス
“調書作成”と“上司の決裁”
私が現役の頃は、検事の机の右か左に、机を直角にして被疑者の横を向いて座っている事務官に、供述内容を文章にして口頭で伝えていた。
これを口授と言う。
口授を受けた事務官は、供述調書の定型の用紙に手書きで書くわけだが、どんなに速く書いても、30分間に5、6枚程度が限界だ。調書の枚数を見ると、調書作成にどの程度の時間がかかっているかが大体分かる。
検事が調書を口授している間、事務官は書き続けねばならず、それは本当に大変な作業で、手が腱鞘炎になる人もいる。
夏だと、汗が調書に付いてしまうので、前腕部の下にハンカチなどを当てながら書く。
トイレにも行けない。
私も新任検事のときに同僚検事の取調べに立ち会って、口授を受けて調書を書いたことがあった。
緊張もするが、眠くもなる。







