ビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

人員配置の都合などから、社員にやむなく異動を命じなければいけない場合がある。しかし、異動に納得ができず拒否する社員もいるだろう。そんな労務トラブルを避けるための対策について、事例を元に労務専門の弁護士がアドバイスする。※本稿は、中村博弁護士監修『労務トラブルから会社を守れ!労務専門弁護士軍団が指南!実例に学ぶ雇用リスク対策18』(白秋社 刊)のうち、織田康嗣弁護士執筆分の一部を抜粋・編集したものです。

タクシー運転手として採用されたのに
営業係へ異動命令!?

【事件の概要】

 Y社は、タクシー運送事業を営む会社である。訪日外国人観光客の影響等から、全国的にタクシードライバーが不足しているが、Y社も例外ではなかった。Y社は、ハローワークや求人サイト等を通じて、粘り強く募集を続けていたところ、ある日、Xが応募してきた。

 早速Y社の社長は、Xと面接を行うことにした。Xは、前職は事務職に従事しており、タクシードライバーは未経験であった。Xに転職の理由を尋ねてみると、「前職では、休憩中も上司が話しかけてきて、全く気を抜く時間がなく、職場内のパワハラもひどかったため、人間関係に疲れてしまったんです」とのことであった。社長は、「それは大変な職場だったね。うちでも当然、人間関係はあるが、パワハラはないし、タクシー乗務中はマイペースに仕事ができるから、君の希望に沿えると思う。タクシー運転手が未経験ということだけれども、二種免許の取得費用については会社が持つし、免許取得に至るサポートもしているから安心してほしい」と述べた。

 このような話を聞いたXはぜひ働かせてほしいと述べ、ドライバー不足に悩むY社も採用することにした。社長は、「採用後は小型タクシーの乗務を行ってもらう予定だけど、別途会社が指示する業務に従事してもらうこともあるからね」と説明し、採用時に交付する労働条件通知書には、従事する業務として「一般乗用旅客自動車運送事業用自動車の運転、その他会社が指示する業務」と記載されていた。また、Y社の就業規則には、「会社は、業務上の必要がある場合に、社員に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。この場合、社員は正当な理由なくこれを拒むことができない」と規定されていた。

 入社後Xは、すぐに二種免許を取得し、タクシードライバーとしての勤務を開始した。Xは少し英語を話すこともできたため、乗車する外国人観光客に東京の観光名所を紹介するなど、外国人観光客とのコミュニケーションをとることが楽しくなっていった。また、タクシーの給与は歩合制になっており、自分が努力した分が反映されることにもやりがいを感じていた。Xは自らの天職がタクシードライバーであると認識し、気が付けば、Y社に入社して5年が経過していた。