しかし、25分のレッスンで、私が言えた言葉は“Yes”と“OK”だけ。

 このときの外国人講師は、ため息をつきながら、何度も同じ質問を繰り返してきます。でも、私には何を言っているのか、さっぱりわかりません。そして「わからない。I don’t understand.」とさえ言えなかったのです。

「こりゃダメだ」

不甲斐ない結果に終わった
初回レッスンの“その後”

 レッスン後、冷や汗が止まりませんでした。先生には申しわけない気持ちでいっぱい。もっと話せるようになって、ちゃんと先生に英語で謝ろうと思っていました。でも、その後その先生には残念ながら二度とお会いできていません。

 このトライアルは2回あります。次の日にもう1回。今考えれば2回目はスキップすればよかったんですけど、そのときはそんなことさえ思いつきもしませんでした。

 しかし、この24時間が、私の英語学習の本当のスタートとなりました。

 必死でした。

「マイネーム イズ アユミ(My name is Ayumi.)」

「アイム ア トラック ドライバー(I’m a truck driver.)」

 この2つの文を、運転中も、休憩中も、ずっと口に出して練習しました。

 翌日のレッスンは別のフィリピン人の女性の先生。練習した2つの文を精一杯言ってみると、先生は満面の笑みでほめてくれました。「You are great!(素晴らしいわ!)」

「私の英語が通じた」と思うとうれしくて、うれしくて。この小さな成功体験が、その後の私を支える大きな力となったのです。

「英語を始めたの?」

「何で今さら?」

「一生トラックの運転手でしょ。なんで英語が必要なの?」

 周りからは不思議がられ、意地悪なことを言う人もいました。確かに、なぜ35歳のトラック運転手が英語なのか。私自身、明確な目標があったわけではありません。

 でも、あの頃夢中になっていたドラマのキャラクターへの憧れが、ずっと心の中にありました。

 それに、他のドライバーたちは、みんな仕事以外の「何か」を持っていて、私にも、そんな「何か」が必要だったのです。

 だから決めたんです。英語を私の「何か」にしようって。

 最初は本当に手探り状態でした。誰にも教えてもらえないし、仕事が忙しくて英語学校に通う時間はない。でも、それがかえって良かったのかもしれません。