国家間の「補助金競争」は
地経学的にはプラスサムゲーム

 最後に、各国が競い合って補助金を出し、TSMCをはじめとする企業の半導体製造工場を誘致することが地経学的にどのような意味を持つのかを考えておきたいと思います。

 しばしば国家間の「補助金競争」がマイナスの効果を生むなどという議論がありますが、私はそう思っていません。というのも、補助金を出す側よりも、補助金を受ける側がどのような戦略を持っているかが重要な問題だからです。

 TSMCは台湾で開発製造のエコシステムを持ち、中国には工場がありますが、西側諸国に進出するのは今回が初めてです。TSMCは台湾の中小企業がやっていた受託生産の伝統から生まれた企業なので、台湾から出ることはあまり想定の中になかったと思います。

 しかし、グローバルな生産をすることで、リスクを分散するとともに、顧客との緊密な関係を持つことができるという点で、TSMC側にもメリットはあるのだと思います。そうなると、TSMCの工場がたくさんできることになり、それだけリスクが分散されるということになるので、多くの国にとってはプラスになると考えています。

 また、各国にとっては国内で半導体のサプライチェーンが完結するのであれば、経済安全保障上もプラスだと思います。TSMCの資源や人材に限りがあり、そうした資源の奪い合いになるようであれば、「補助金競争」はマイナスに作用しますが、資源も人材もそれぞれの受け入れ国が提供することになれば、奪い合いにはならないと考えています。

 このような観点から見ると、各国が半導体分野において補助金を出すことで工場を誘致し、それによって半導体産業を活性化させることで地経学的なパワーを強化していくということであれば、日米欧という同盟国・同志国の間で、中国やその他の懸念国に対する相対的な地経学的パワーを手に入れることになり、全体としてポジティブな結果になるものと考えています。

 ただ、そのために巨額の税金を使い、国民に税負担を強いるようになることは、果たして国内政治的に良い結果をもたらすのか、ということは疑問として残るところではありますが、地経学的な観点からすれば、こうした「補助金競争」はゼロサムゲームというよりは、プラスサムゲームなのだと考えています。