「アナタノ言葉デナケレバイケマセン」
ヘブンは朗読ではなく、「アナタノ話、アナタノ考エ、アナタノ言葉デナケレバイケマセン」と言うのだ。
「シジミサン、話、考エ、言葉、聞キタイ」「ネガイマス」
言葉はたどたどしいが、ヘブンは真剣で、それがトキに伝わる。
「わかりました」とトキが語ることにしたのは、「鳥取の布団」だった。これは元夫の銀二郎(寛一郎)が聞かせてくれたもので、怪談の本には記されていない、とっておきのものなのだろう。
「では」と目を瞑って、深呼吸するトキは真正面のアップ。
しばらく間があって、大きな目が開いた。
が、その目はきょろきょろと左右に動く。もったいぶるなあ。
トキは立ち上がると、すだれをおろし、襖を閉め、部屋を暗くして、ろうそくを1本ともす。
「おまたせいたしました」
トキは日本語で語りだす。自分の言葉で。
ヘブンがトキに要求したことは、社会調査における質的調査のひとつ、インタビュー調査の方法論であると考えられる。数値化できない個人の背景や感情や意見を引き出していくことだ。ジャーナリストとしてさまざまな土地の体験を記してきたヘブンはこの方法を得意としていたのだろう。
大雄寺の怪談がひとつしかなかったことはヘブンをがっかりさせたかもしれないが、寺に唯一伝わる怪談であることは、希少性があり、この寺で大切に伝えられてきたことがわかって、それはヘブンを満足させたに違いない。
『水飴を買う女』は怪談としては有名なもので、知っている人も多いと思う。小泉八雲が聞き書きして残したことで、いまもなお残り続けていると思うと感慨深い。
大雄寺は『水飴を買う女』にゆかりある墓のある寺として、宍道湖のそばにある島根の観光スポットのひとつである。ちなみに京都にも、飴を買う女性の怪談があってその飴を土産物として売っている(筆者は修学旅行で買った記憶がある)。日本各地に広がっている伝説なのだ。









