
錦織、おりいっての頼み
何事もなくてよかったと言いながら、「こげなことしちゅううちに、人は、というか私花田ツルは死んでいくんだろうね」とまたひとりごちるツル。
池谷のぶえはナンセンスコメディの舞台にたくさん出ているので、こういうのを演じさせたら抜群である。湿度のない淡々とした口調と仕草(しぐさ)がしびれる。
「ご面倒おかけして」と平太から夜食を受け取るトキ。
女中の仕事のなかに食事を作ることは入っておらず、食事は常に花田旅館に頼んでいる。合理的とは思うが、それで20円はなかなか破格なのではないだろうか……とトキが女中になって以降、消せない疑問を感じていると、今回のこの夜食は特別なものだった。
夜、怪談を語るための夜食であった。そのため、トキの分も頼んだ。だから、俵型のおにぎりなのだろう。まるで、花見の行楽弁当のようだ。
トキが立って寝るほど疲れているのは、女中の仕事が忙しいからではなく、毎晩、ヘブン(トミー・バストウ)と怪談の宴を催しているからだった。
そこへ錦織(吉沢亮)が顔を出す。
「この時間はここだろうと思ってな」
この時間は食事を受け取りに毎日旅館に来ているということか。
トキは夜食をそのままに、花田旅館の2階の喫茶室のような空間で、錦織と話しはじめる。暇なのか。茶菓子まで出してもらって(錦織のおごりであろう)。
錦織は「君は確か、怪談が好きだったよな」と切り出す。
「実ははっきりとは言えないんだが、怪談がヘブン先生の『日本滞在記』のラストピースになるのではと思えてきてな」
「なので、君から先生に怪談を教えて差し上げてくれないか」
「私が言うのもなんだが先生のお力になってほしい」
錦織としては考えに考え抜いてトキに会いに来たのだろう。
だが、トキはふふふとうれしそうに、「もうやっちょりますけん」と話の腰を折る。
「もうやっちょる?」
「怪談を教えて差し上げちょります」
「先生に? もうすでにか?」
「はい」







