2000年ごろは、今のように、「5区を走りたい」「山の神になりたい」と憧れを抱いて積極的に手を挙げる時代ではなかったのだ。

5区の存在が
駅伝の面白さを引き出す

 その5区とは、いったいどんなコースなのか。

 映像のなかで、延々と続く長い坂を、鍛え上げられた選手たちが苦悶の表情を浮かべて走る姿を見れば、その厳しさは容易に想像がつく。

 どんな選手も標高874メートルの山を登りきって、下りに入ると表情が歪む。顔を左右に振り、それまで体幹で抑えられていた体が左右にぶれる。

「山の神」といわれた今井正人も、東洋大学の柏原竜二(編集部注/2009年の第85回箱根駅伝から4年間5区を走り、すべて区間賞を獲得し、4年連続で往路優勝に貢献)も、青山学院大学の神野大地(編集部注/2015年の第91回箱根駅伝で5区を走り、区間新記録を達成)も、ラストは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって走り、ゴール直前まで笑みなど見せる余裕がなかった。

 山の神でも、最後は「素」のしんどさを露わにするほどの厳しさなのだ。

「箱根は観光地ですし、温泉街があってリラックスしにいく場所です。でも、競技が始まると楽しい観光地が表情を変え、選手にとっては地獄のような坂を上る苛酷なコースになるんです。

 コース的にも5区という山の難所がひとつあることで、競技のレベルやおもしろさが増します。そもそも箱根駅伝というくらいなので、箱根を象徴する山があるのは必然なんですよ。5区は、箱根駅伝の特徴的な区間なんです」

 神奈川大学の大後前監督はそう語る。

歴史ある景色とは裏腹に
きつい傾斜が牙をむく

 実際に走ってみると、想像以上のコースだということを実感することができた。

 スタートは、鈴廣かまぼこの里の駐車場だ。

 そこを背にして、緩やかな坂の直線道路が続く。箱根湯本駅までの3キロメートルは、これから坂を登るためのアップみたいなものだ。

 ここから3.7キロメートルの函嶺洞門バイパスまでは、まだ余裕をもって走れる。

 左側には早川と、今は通行禁止になった函嶺洞門が見える。1931年に落石防護用に造られた洞門で、全長は100.9メートル。工事費は当時で11万円だった。

 2014年2月に通行禁止になり、現在は金網が立てられ、立入禁止になっている。