箱根駅伝の中継で駒澤大学・大八木監督が、選手たちに「男だろ!」と檄を飛ばす印象が強い。ところが、大八木監督は近年、違う言葉がけを心がけていたという(提供写真)
かつて「平成の常勝軍団」と呼ばれた駒澤大学陸上競技部。箱根駅伝で勝てなかった期間を乗り越え、2023年の同大会で2年ぶりに優勝。さらに“大学3大駅伝3冠”の偉業を達成しました。駒澤大学陸上競技部はどのようにして再び強くなれたのか。大八木弘明監督の新刊『必ずできる、もっとできる。』から抜粋し、紹介します。
なぜ自分が変わろうと思ったのか
勝てない間、ずっと焦りに似た感情は持っていた。
「新しい駒澤大学を作らなければならない」
コーチの藤田ともずっとそんな話をしていたし、危機感もあった。だが、変わるきっかけがなかなかなかった。
最初の変化は2018年の箱根駅伝後に訪れた。
このときは12位。次の大会は予選会から臨まねばならなくなり、私は自分の指導に対する情けなさ、歯がゆさを感じていた。かつて「平成の常勝軍団」と呼ばれたが、それも昔の話だ。予選会から優勝を狙うまでにチームを立て直すのには時間がかかる。
「このまま終わっていいのか」。そう自問自答を繰り返した。もちろんいいわけがない。私はちょうど60歳になったばかりだった。これをきっかけになんとか自分が変われないだろうか。そう考え始めたのである。
そして、その思いが決定的になったのが2019年9月だ。
このとき、東京五輪マラソン代表選考レース「マラソン・グランドチャンピオンシップ」が行われ、卒業後も指導していた中村匠吾が優勝し、代表の座を決めたのである。
初めて教え子がオリンピックに行く。これ以上の感動はなかった。
私は優勝を決めた中村と抱き合って涙を流すと同時に、大きな決意をした。夢だった教え子のオリンピック出場を成し遂げた。でも本来の仕事である駒澤大学での指導はどうなのか。箱根駅伝に勝ちたいという思いを持って入学してきた選手たちの夢を叶えてあげられず、不甲斐ない結果ばかりだ。この時点で「勝ち方はもうある程度はわかっている」というおごりが心にあることや、年齢を言い訳にしている自分に気がついていたため、
「よし、私自身が変わろう、変わらなければならない」
そう決めた。
選手にもしっかり真正面から向き合おう、練習方法も変えなければならない、何よりかつてのような情熱を持って行動しなければならない、と感じたのである。
自分の本気度は行動することで伝わる。
自分を変えようと思ったときにまず行動を変えることにした。何より先に変えたのは、これまで「体がつらい」という理由でコーチやマネージャー任せにしていた朝練習で、選手の走りにしっかり自転車でついていくことにした。
朝練習についていくようになってから、明らかに選手たちの表情が変わってきた。私の行動の変化に「本気度」を感じたのだろう。
こちらがしっかり選手を見ていることがわかると、選手の練習への意欲や意識が上がってくる。言うまでもなく同じ練習でもその気持ち次第で効果は変わり、その積み重ねがレース本番につながっていくのだ。
「俺は本気で育てていくつもりだぞ」
無言のメッセージではあるが、確実に選手に伝わっていく手ごたえがあった。
年齢を重ね、ふんぞり返るのではなく「自分で動く」場面を自ら見つけ、始めていくのは大切なことだ。そして、私はそのことで周囲の状況や選手の行動がよく見えるようになった。改めて、行動を変えてよかったと感じている。
選手を伸ばすにはすぐに叱らず、泳がせる、考えさせる
変わろうと思ったとき、「自分はなぜ叱ってばかりいるのだろう」と自問自答してみた。
選手を強くしたい、頑張ってほしい、という思いをそのままストレートに表現すると、私はどうしても強い口調になってしまう。
それは自分としては選手への期待の裏返しであり、叱咤激励なのだが、選手たちはそうは受け取らない。そのため、なるべく柔らかい言葉を使うように意識し、言葉遣いも優しくするように努めた。
たとえば朝練習から気の抜けた走りをしていた選手がいると、以前は朝練習の段階で「何やってんだ、気の抜けた走りをしているんじゃないぞ」と叱っていたが、今はそこではあえて何も言わないようにした。
そして、午後の本練習でも設定ペース通りに走れないようであれば、そこで初めて、
「しっかり走れなかった理由はどこにあると思う?」
と、理由を本人に問いただすようにしてみた。すぐに叱るのではなく、少し待つ。泳がせて様子を見る。そして、最終的にいい結果が出なかったときに、冷静に話すように心がけたのである。







