マクドナルドの勝ちパターンが牛丼業界に持ち込まれた
2023年に発表された、ヴァネッサ・ニコール・セティアワンとレナ・エリタンによる論文『サプライチェーン・マネジメントとサプライチェーン・パフォーマンス:マクドナルドの事例』では、マクドナルドの強さの源泉について以下のように結論づけている。
《マクドナルドは製品の供給源を管理するために垂直統合を用いている。この垂直統合戦略の活用こそが、マクドナルドを世界で最も手頃なファストフード企業の一つにしている主要因である》
※垂直統合とは、原材料から販売までの流れを自社が統合的に管理すること。
《組織の規模が巨大であるため『規模の経済』が可能となり、その結果、レストラン向けの食材の生産および購入コストが低減される》
論文が指摘するように、マクドナルドの本質的な強さは、店舗運営の上手さだけにあるのではない。原材料の生産から加工、物流、そして店舗での提供に至るまでのすべてを自社の管理下に置く「垂直統合」と、それによって生じる圧倒的な「規模の経済」にある。
小川氏は、このマクドナルドの「勝ちパターン」を牛丼業界に持ち込んだのだ。
すき家が涼しい顔で「値下げ」できたワケ
さらに彼のすごさは、理想を実現するための手段として、資本主義のルールを誰よりも徹底的に利用した点にある。
世界から貧困をなくすためには、安くておいしい食事を大量に供給しなければならない。そのためには、商社や卸売業者に頼る既存の流通システムでは限界がある。だからこそ、ゼンショーは「マス・マーチャンダイジング(MMD)」と呼ばれる独自のシステムを築き上げた。
これは、原材料の調達から製造、加工、物流、店舗販売までを一貫して自社で企画・設計・運営する仕組みである。まさに前述の論文がマクドナルドの勝因として挙げた「垂直統合」そのものだ。
世界中から食材を大量に買い付け、自社工場で加工し、独自の物流網で配送する。中間マージンを徹底的に排除し、規模の力で原価を下げる。この仕組みがあるからこそ、他社が悲鳴を上げるようなコスト高の局面でも、すき家は涼しい顔で「値下げ」というカードを切ることができるのだ。
かつて社会主義を志した男が、資本主義の競争原理の中で誰よりも強い勝者となり、その力を使って「安価な食事」というインフラを社会に提供している――。
これはある種の皮肉にも見えるが、見方を変えれば、若き日の理想をビジネスという現実的な手段で達成したとも言えるだろう。
現在、吉野家はすき家の背中を追うように、テーブル席を増やし、家族向けの店舗作りを進めている。かつて「二番煎じ」と揶揄されたすき家のモデルを、今度は老舗である吉野家が“真似”しているのだ。
これは、小川賢太郎氏が描いた設計図がいかに正しく、未来的であったかという何よりの証明である。








