どれだけ準備しても、プロジェクトが想定外のトラブルで頓挫してしまうことはある。だが、本書『ワークハック大全』では、そうした「後悔」を防ぐ鍵は「始める前」にあると説く。事前分析(プリモーテム)と呼ばれる手法を用いれば、未来の失敗をあらかじめ想定し、問題の芽を摘み取ることができる。本記事では、世界18か国で刊行された本書の「学習メソッド」から、プロジェクトを成功に導く「事前分析」のエッセンスを紹介していく。

ビジネスパーソンたちの会議のイメージPhoto: Adobe Stock

「チェックリスト」が生んだ奇跡の再生

 1935年、ボーイング社が誇る最新鋭の爆撃機B-17は、試験飛行中に墜落した。

 原因はパイロットの「単純なミス」だった。だが、実際には人間の記憶力の限界を超えるほど操縦が複雑だったのだ。

 開発チームはその後、複雑な操作を一覧化したチェックリストを導入し、これが、同様の悲劇を繰り返さないための重要な転機となった。

人間の脳が一度に扱える情報の量には限界がある。そんなときに箇条書きの簡単なリストを参照できることのメリットは計り知れない。(『ワークハック大全』より)

 この「単純な工夫」が、B-17が長期間にわたって運用されるための土台となった。複雑な仕事ほど、構造化された「事前準備」が成果を決めるということだ。

 今日のビジネス現場でも同じことが言える。AIやリモートワークで業務が複雑化するなか、「人の記憶」や「経験」に頼るやり方には限界がある。「仕組みで防ぐ」知恵を持つべきだろう。

未来の失敗を先に検死する「プリモーテム」

 本書が提唱するもう一歩進んだ方法が「事前分析(プリモーテム)」である。

 これは、プロジェクト開始前に「もし失敗していたとしたら、どんな原因だったか」をチーム全員で想定するというものだ。いわば、未来の「検死」を行う思考実験だ。

チームのメンバーは、翌年のプロジェクトで失敗する可能性のある事柄とその理由を書き出すことが求められる。水晶玉を覗き込むように、不安に感じていることを率直に話すことができる。(『ワークハック大全』より)

 この手法を導入するだけで、予測の精度が30%向上したという調査結果もある。「最悪の未来」をあえて想像することで、リスクを可視化し、計画をより現実的にするのだ。

 たとえば、プロジェクトの遅延、キーパーソンの離脱、予算不足など、想定しうる「失敗の種」をリストアップし、それぞれの対策を検討しておく。

 そうすることで、現実のトラブルにも柔軟に対応できるチーム体質が育つ。

「好奇心」が職場の安全弁になる

 事前分析を成功させる最大のカギは好奇心だ。

 本書によれば、現代の職場では効率性を重んじるあまり、社員が質問すること自体が敬遠される傾向にあるという。だが、質問しにくい環境では、学びと改善の機会も失われる。

70パーセントの従業員が職場で質問をすることに壁を感じている。(『ワークハック大全』より)

 質問や探究を歓迎しない組織では、誰も「不都合な真実」を口にしなくなる。すると、プロジェクトが失敗に向かっていても誰も止められない。

 つまり、好奇心の欠如は「組織の免疫不全」だ。逆に言えば、自由に問いを立てられる職場は、危機に強く、創造的でもある。

 ハーバード・ビジネス・スクールの研究者フランチェスカ・ジーノは、好奇心を持つ従業員ほど確証バイアス(自分に都合のよい情報だけを集める傾向)に陥りにくいと報告している。

 これは、情報量が爆発的に増えた現代のビジネス環境において、ますます重要な視点だろう。

 著者は、かつて勤務していた出版社のCEOが、社員のデスクをまわって「いまどんな仕事をしているの?」と尋ねていたエピソードを紹介している。

 この何気ない会話が、社員に「聞かれることは悪ではない」という安心感を与えたという。質問を促し、質問者を報いる文化が、組織を変えていくのだ。

「不安を話せる場」がチームを強くする

 事前分析では、チームのメンバーが「不安に思うこと」や「心配していること」を率直に話す。だが、普通の会議ではそんな話題は避けられがちだ。

 そこで重要になるのが、心理的安全性である。これは、失敗や懸念を口にしても罰せられないという信頼の雰囲気のことだ。

不安や恐れを感じることなく同僚とプロジェクトについて率直な話がしたいのなら、事前分析はとても有用な方法だ。(『ワークハック大全』より)

 本書の考え方を参考にすると、事前分析の場を成功させるコツは3つあるだろう。

①まず、リーダーが「不安を口にしていい」空気を示すこと
②発言を否定しないこと
③出た懸念を責めるのではなく、「どう防ぐか」にフォーカスすること

 たとえば、ミーティングの冒頭で「もしこのプロジェクトが失敗したら、何が原因だと思いますか?」と問いかけるだけで、空気は変わる。

 ネガティブな想像が許される場は、実は最も建設的な場になる。

「事前分析」が未来のトラブルを防ぐ

 人は成功体験を積むほど、自分の判断に自信を持ちすぎる。

 だが、本書が教えるのは、「失敗を想像する力」が未来の選択肢を広げるという逆説だ。チェックリストがB-17を救ったように、プリモーテムは組織を守るための「事前の備え」なのだ。

 経営者やリーダーほど忙しく、細部を見落としやすい。だからこそ、「いま、何が危ないのか?」を問い直す時間を、意識的に設ける必要がある。

 それが、チームを崩壊から守る最もシンプルで確実な方法なのだ。

 あなたのチームでも「事前分析」を一度試してみてはいかがだろうか。もしかすると、未来のトラブルを未然に防ぐ最強の会議になるかもしれない。